にわかに辺りが騒がしくなった。


とりあえず、ロビーでは邪魔だ確実に。

どうしよう家には帰りたくない。


まだ誰かの姿をぼんやり眺めていたかった。


ぼうっとできる場所...。

と、エレベーターホールの入り口のパネルが目に入った。

そうだ、バーがある。

そこへ行こう、客として。


エレベーターを使う気にはならず、非常用階段を選んだ。



時間が過ぎてほしくて、時が止まって欲しい。

8階まで階段を上るにも飽き足らず、一階上がっては客室の廊下を歩き、突き当たりの階段でまた登っていく。


自分でも何をやっているんだか。


3階の食事会場は後片付けの最中のようでこのフロアだけ空気が違うように感じた。



4階に着いた頃、急激に足の疲れが襲ってきた。

何せいつも電車で通う職場に徒歩で行き、階段をだらだらと上ったのだ。


エレベーター、使おう。


と廊下へ出ると4階にして初めて客らしき人影を見た。


背の高いスーツ姿、深夜でも綺麗に整えられた髪。


ん〜でも従業員ではないし、ここはとんでもない人物も泊まるホテル。

どこぞのお偉いさんか、御曹司か。

夜中に正装をしていても不思議は無い。



男は此方へ向かって歩いてくる。


距離が5メートルほどになった時、廊下の端に寄り、30度のお辞儀で静止した。

くたびれた服で、業務時間外なのにいつもの癖で──。

気配が通り過ぎるのを待って、また歩き出す。



そしてエレベーターを待つと、すぐに5つのうちのひとつが開いた。


廊下は勿論、エレベーターも絨毯を張っている。

そして幸い、エレベーターガールも退勤したようだった。

「ラッキー」と呟きながら一人乗り込み、カードキーなしで行ける数少ない8のランプを点灯させる。


──「失礼」と、ドアがゆっくり閉まるその隙間から誰かが乗り込んできた。


さっきの男だった。


黙って会釈し、再び「しまる」ボタンを押した。