もしも俺の能力でレノアを救えるのならば、俺はこの能力に初めて感謝出来る。
天使の能力を持って生まれて来て良かった、って、ようやく思えるんだ。
俺は立ち上がると、目を閉じて全ての集中力を聴力に注いだ。
俺の考えが間違っていなければ……。俺が今、天使の姿を借りて過去に来ているんだとしたら……。
聴こえる筈だった。天使の物語りの、全ての始まりだった出逢いの音が。
ーー……ッ?!
心臓がトクンッと、身体に優しく響いた。
耳から入って音が俺の身体に行き届き、まるで春の陽だまりに包まれたかのように暖かくなる。
これが、天使が恋をした歌声ーー。
想像していたような衝撃ではなく、何処か懐かしさを感じる優しい歌声だった。
心が落ち着くような、穏やかになれる、そんな歌声。
俺はゆっくりと歩き出した。
導かれるように、歌声に身も心も委ねて、足を進めた。
きっと、さぞかし美しい女性が居るのだと思った。
天使の過去が書かれていた書物が正しければ、艶やかな黒髪と、美しい漆黒の瞳を持つ女性。
天使には絶対にあり得ない黒の色を持った、美しい女性。
天使が、一瞬で心を奪われた女性ーー。
歌声に導かれるままに森の中へ足を進めると、徐々に徐々に歌声が近くなって……。その状況には、さすがに俺の心臓も少しずつドキドキと高鳴っていった。
そして、木々で遮られていた俺の瞳が"その女性"を捉えた瞬間。
ーー……ッ、え?
長い黒髪を背中まで流れるように垂らした背後を見て、俺はある事に気付いた。
俺、この女性を……知ってる。
背後から見ただけなのに、俺には分かったんだ。
例え黒髪でも。
どんなに容姿が違っても。
俺には、分かる。
彼女以外に、こんなにも俺の胸を痛くさせる女性はいないーー……。
俺の存在に気付いた女性が、ゆっくりとこちらを振り向いて、その漆黒の瞳と視線が交わる。
レノアーー。
俺は、心の中でその名を呼んだ。



