なんて事だろう。
すぐに悟った。
天使がかつて恋をした女性は、ずっとずっと昔のレノア……。そう、彼女の、どれくらい前かは分からないが前世だ。
瞳が重なってドキンッと跳ねる心臓は、天使のものなのか、俺自身のものなのか、もはや分からなかった。
じっと瞳を逸らせないまま動けずに居ると、首を傾げた彼女がゆっくりと口を開く。
「異国の方、ですか?」
そう尋ねられて、微笑まれて……。
何か答えなくては、と思った。
ーー……だが。
そうだ、声が出せない。
答えようと吐き出そうとした言葉が声にはならなくて、俺は俯いた。
すると、
「あ、そうか……。異国の方だと、私が何を言っているのか分からないですよね?……困ったなぁ」
俺の様子を見て勘違いした彼女は、どうしよう、と困惑の顔色を見せる。
俺はその姿に、首を横に振った。
『違うんだ。言っている事は分かる。
けど、俺は言葉を話す事が出来ないんだ』
首を横に振って、俺はもう一度、彼女を見つめた。
何故だろう?
伝わる気がした。
再び瞳が重なって、そう感じた。
そしたら彼女が、言ったんだ。
「っ、もしかして……話せないん、ですか?」
伝わった!
俺は嬉しくて、頷いた。
彼女に分かってもらえた事が嬉しくて、心が伝わってような気がして、笑みが溢れた。
けど、そんな俺に……彼女は、泣いた。
綺麗な漆黒の瞳から、輝く透明な雫が溢れて、頬をつたり落ちて行く。
とても、美しかったーー。
いや。
それは、姿が、ではない。
「そんなっ……、話せない、なんて……。
ごめんなさいっ……私が、泣く事じゃ、ないのに……ッ」
俺の事を想って涙を流す、その心が、だった。
天使の俺には、彼女の心が読める。
彼女は、俺を憐れむのではなく、心の奥底から心配して、悲しんで涙を流してくれていた。
そして、初対面の俺に優しくしてくれた。
もう少し、他人を疑った方が良い、と言いたくなる程に……。彼女は昔も、優しかった。



