片翼を君にあげる④


なんて事だろう。
すぐに悟った。
天使がかつて恋をした女性は、ずっとずっと昔のレノア……。そう、彼女の、どれくらい前かは分からないが前世だ。

瞳が重なってドキンッと跳ねる心臓は、天使のものなのか、俺自身のものなのか、もはや分からなかった。
じっと瞳を逸らせないまま動けずに居ると、首を傾げた彼女がゆっくりと口を開く。

「異国の方、ですか?」

そう尋ねられて、微笑まれて……。
何か答えなくては、と思った。

ーー……だが。

そうだ、声が出せない。
答えようと吐き出そうとした言葉が声にはならなくて、俺は俯いた。
すると、

「あ、そうか……。異国の方だと、私が何を言っているのか分からないですよね?……困ったなぁ」

俺の様子を見て勘違いした彼女は、どうしよう、と困惑の顔色を見せる。
俺はその姿に、首を横に振った。

『違うんだ。言っている事は分かる。
けど、俺は言葉を話す事が出来ないんだ』

首を横に振って、俺はもう一度、彼女を見つめた。

何故だろう?
伝わる気がした。
再び瞳が重なって、そう感じた。

そしたら彼女が、言ったんだ。

「っ、もしかして……話せないん、ですか?」

伝わった!
俺は嬉しくて、頷いた。
彼女に分かってもらえた事が嬉しくて、心が伝わってような気がして、笑みが溢れた。

けど、そんな俺に……彼女は、泣いた。
綺麗な漆黒の瞳から、輝く透明な雫が溢れて、頬をつたり落ちて行く。

とても、美しかったーー。

いや。
それは、姿が、ではない。

「そんなっ……、話せない、なんて……。
ごめんなさいっ……私が、泣く事じゃ、ないのに……ッ」

俺の事を想って涙を流す、その心が、だった。

天使の俺には、彼女の心が読める。
彼女は、俺を(あわ)れむのではなく、心の奥底から心配して、悲しんで涙を流してくれていた。

そして、初対面の俺に優しくしてくれた。

もう少し、他人を疑った方が良い、と言いたくなる程に……。彼女は昔も、優しかった。