………朝?
“柔らかくて温かい” そんな幸せな感触に身体を包まれたまま、瞼がまぶしさを覚えた。
そっか…私、昨日の夜も、杉崎さんと一緒に寝ちゃったんだ。
目を開けた先には、スースーと可愛い寝息を立てる杉崎さん。 フワリとした長めの前髪の先で、睫毛が少し揺れている。
…あまり気がつかなかったけど、改めてみると長いし、フサフサで、女の子みたい。 スッと通った鼻筋と白い透明なモチモチ肌に薄めの唇。 綺麗な顔…だな…。
思わず手を伸ばして頬を指で触れた。 途端、手をキュッと掴まれまれる。
「…おはよ。」
開ききらない瞼と少しだけ微笑む唇。 鼻先がふれ合いクスリと笑う杉崎さんが、 そのまま、おでこ同士をつけて、グリグリし出した。
「…昨日は無かった前髪がある。」
まだ眠そうだけど、可愛い笑顔。 これを拝めるってかなりの特権だったりするのかな。
そんなことを考えながら、抱きしめ直されて埋めた杉崎さんの胸元は、やっぱり凄く温かい気がする。
「…沙奈。」
「は、はい…」
「今日は早く出なくていいの?もう、七時半だけど。」
えっ!?
「ど、どうしよう。早く支度しないと…!」
「んー…。」
「す、杉崎さん、離して…」
「やだ。俺、今日10時出勤だからもう一眠りしたいもん。」
さすがはエリート、フレックスタイムなんだ……なんてそんなことに感心している場合じゃ無い。
離してくれない腕の中で焦ってたいら、杉崎さんがクルンと身体を反転させて私に覆い被さった。
未だ眠気の残るトロンとした二重。キュッと口角を上げた可愛らしく柔らかい笑顔が上から私を見つめる。
「…俺の、だもん。」
その顔が近づいて来てフワリと唇が重なった。
「…よく眠れた?」
「は、い…」
「でしょうね。沙奈、昨日かなりイイコエ出してたし。」
「そ、それは…」
返答に困って思わず口をつぐんだ。
…変な話だけど、確かに体力を消耗し、力尽きて朝を迎えていることは否めない。
けれど、眠れている要因はその事だけじゃない気がしている。
杉崎さんの腕の中は、何故かとても暖かくて安心出来て、守られているって錯覚すら覚える瞬間もある。
『懐きなよ、ペットさん?』
もしかしたら、良い飼い主に出会ったペットは、“安心”を貰い、心穏やかに暮らしているのかもしれないよね…。
……なんて、ペットの気持ちをわかろうとしている場合じゃない。
何だかんだで、気がつけば杉崎さんの所に居候して1ヶ月。
「小さくてごめん。元々は物置部屋みたいなスペースでさ、ここ…。でも、一応小窓もあるし、俺の私物は全部運んどいたから、好きに使って?」
……自分専用のお部屋まで頂き、寝泊まり。
「夏に向けて、エアコンつける様に工事も手配しといたから。」
「えっ?!そこまでして頂かなくても…」
「や、沙奈が朝起きて暑さで干からびてたら困るのは俺なんで。」
「は、はあ…」
こんな生活をずっと続けるなんて、ダメに決まってる。
杉崎さんへの返済をしつつ、お金を貯めて…ちゃんと住むところを探さないとな…。
そんなことを考えながら、今日もいつもと変わらず経理の窓口カウンターに座り、数字とにらめっこしていたら田辺さんが現れた。
「おはよ…おっ!いいじゃん、髪。」
「あ…その節はありがとうございます。お礼が言えてなくてすみませんでした。」
髪を切りに行った日以来会っていなかったから、お礼が言えなかったんだよね。
わざわざそのために営業一課に行くのも変だし、どうしようかなって思ってたから、良かった、会えて。
「…ねえ、そういやさ、遥と結構話すんの?」
突然出て来た杉崎さんの名前に、ドキンと大きく鼓動が跳ねた。
「えっと…はい…」
どことなく焦燥感を感じていたら、田辺さんは「ふーん。そうなんだ」とだけ答えて、私から書類の確認サインを貰う。
「じゃあさ、今度、飲みに行こうよ。遥も含めて。」
杉崎さんと田辺さん…と、私?
それ…私的には物凄くトップシークレットの案件になりそうですけど。
社内の女性社員の方達にバレたら確実に袋だたきですよね…。
「あの…お二人のお邪魔になりかねませんので…」
「貸して、スマホ。俺の連絡先登録しとくわ。ほら、早く!俺、急いで戻んないといけないんだから。」
「え?あ、あの…」
サクサクとスマホを操作すると「また連絡する」と去って行く田辺さん。
ど、どうしよう…
杉崎さんと暮らしているというだけでも現実味が薄いのに…その上、3人で飲み会。
いや、でも。
そもそも、杉崎さん、私と飲みたいかな。
前に飲んだ時は、おいおい泣きながら身の上を話してさ……あれはかなり面倒くさかったって思うし。
とりあえず、聞いてみるかと、お夕飯を食べ終わった後に話してみたけれど。
「面倒くさい。」
…ですよね。
予想通りの返答に思わずハハッと空笑いしながらお夕飯の食器をキッチンへと運んだ。
そりゃあそうだよ。
杉崎さん的には二度と飲みたくないに決まってるよね、私とは…
そう思いながらシンクの中にお皿を入れた瞬間、フワリと後ろから身体を包まれる。
「…聞き方違うでしょ?それ。」
耳元で少し不機嫌な声がして、鼓動が強く跳ねた。
「『私と飲みに行くってどう思いますか?』ってさ…。大事な事抜けてるよね。」
「だ、大事な事…?」
「聞いたよ。今日、連絡先交換したんだって?唯斗と。」
あ……。
鼓動がドキリと跳ねたと同時に、強い力でギュウッっと抱き直された。
「何で、唯斗が間に入って三人で飲みに行かなきゃいけないんだよ。」
一番下のキャミソールの中へ杉崎さんの手が滑り込む。
同時にうなじにピリッとした痛みが走った。
「よくまあ、連絡先なんて交換したよね。」
「そ、それは…その、成り行きで…」
「断る事だっていっくらでもできんでしょーが。」
そのまま首筋をその柔らかい唇が這っていく。
下着のホックがパチンと背中で外れた。
「…沙奈は、俺に懐いてりゃいいんだよ。」
囁かれた、不機嫌な声色に
苦しいのに甘く感じる…なんとも言えない感情が生まれて、身体の動きが止まる。
そこから先は、杉崎さんのイタズラな指先も、耳元で聞こえる荒め吐息も…全てに身体と気持ちが反応してなすがまま。
少し乱暴に扱われていても、私をきつく抱きしめる腕が温かく感じるのは…重ねられた唇が、やっぱり優しいから。
「っ!」
「沙奈…可愛い。」
手をついたシンクの先の蛇口から、水滴がポタンとお茶碗に落ちてった。
.
「まあ…別にね?飲みに行くのは構わないんだけどさ。
唯斗君が何考えてんのかいまいちわかんないからね。」
「……。」
「…って、聞いてる?沙奈。」
杉崎さんの薄暗い部屋の中、ベッドの中で抱きしめられて胸元にただ顔を埋めている私に杉崎さんの少し楽しそうな声が降ってくる。
「沙奈?…別にタヌキ寝入りしなくても、ここで寝たいなら寝ていーから。」
「そ、そういうことじゃありません!」
「あ。やっぱタヌキだった。」
話につられて顔をあげたら、クッと笑われた。
それに口を尖らせてから、クルリと背中を向ける。
「沙奈?」
「…だって。」
「だって、何よ。」
「あ、洗い物…や、やれなくて…」
結局、あの後、お風呂に連れてかれて一緒に入って…散々翻弄された後、お風呂上がり洗面所でぐったりしてたら、杉崎さんがドライヤーをかけてくれて…そのままベッドイン。
「す、杉崎さんの体力どうなってるんですか…!」
「…そこ?」
背中から包み直され、うなじに鼻筋がぶつかった。
「何なら、もう一戦交えます?」
「む、無理です!」
「そ?」
余裕の杉崎さんの少し汗ばんだ身体がなんだか凄く心地良い。
「…洗い物。」
「いいじゃん、どっちがやったって。」
……だって。
お世話になっている以上、私に出来る事はやらせて頂きたい。
だから、なるべく家事を負担しようって思ってたのに。
洗い物は私がぐったりしながら身体を拭いているうちに杉崎さんがやってしまっていた。
…つまり、洗い物をさせた上にドライヤーをかけるというお世話までさせたってことで。これでは、恩を返すどころの話じゃない。
「…とにかくね?」
眉間に皺を寄せて、ムーッと唸っていたら、肩を押されて、仰向けにされた。
「俺は別に、沙奈に何かして欲しいとかはないから。」
横から杉崎さんの身体が絡みつくように私を引き寄せる。
「まあ…やって欲しくない事はあるけどね。」
「…連絡先交換。」
「わかってんじゃん。」
くふふと笑う息が耳にかかってくすぐったい。
「…それも、もう別にいっかな。気が済んだ。」
耳裏に、頬に、首筋に、目尻に…沢山杉崎さんの唇が優しく触れる。
梳かすように撫でられる髪が心地よくて、温かさに安心を覚えて…まどろんでいく。
何で…だろう…杉崎さんの腕の中は、本当に居心地が良い……。
今日もまた、自室には帰らず、杉崎さんの腕の中で眠りに落ちた。



