~第七章~
決行日前日、私は困っていた。
(・・・まだ親に言えてない、どうしよ⁉)
とりあえず学校へと向かった。
「おはよ~、ついに明日だなー。」
「・・・はよ、相変わらず元気だね。」
「…⁉月乃が・・・俺に挨拶を返しただと・・・⁉」
斎藤が驚愕の表情を浮かべた。その顔に、どこか照れくさいような笑顔も見えた。私は一瞬、その反応に戸惑いながらも、どうにかして気を取り直した。
「挨拶返しちゃダメなのかよ。。」
「いや、初めて返されたから嬉しすぎて・・・。」
「おはよー、なんかあったん?」
「聞いてくれよ!あの月乃が俺に挨拶返したんだぜ⁉ありえなくねーか⁉」
「なんだ、そんなことか。」
「そんなことだと・・・。」
「おはよ、宇野さん。」
「・・・⁉」
「お前も驚いてんじゃねーかよ(笑)」
その時、日野さんが近くを通りかかり、私たちの会話に気づいて寄ってきた。
「三人ともおはよう。何か面白い話してるの?」
日野さんは、にこやかに私たちに声をかけると、私たちを見てにっこり笑った。
「おはよ、斎藤と宇野さんが、初めて挨拶返されたって大騒ぎしてるの。」
「三人とも、すっかり打ち解けた感じだね。」
あどけない笑顔を浮かべる斎藤の隣で、二人が微笑んでいる。私は挨拶を返すだけで驚かれる世界線に少々戸惑いながらも明日決行の作戦に向けてチームワークが高まったようにも感じた。
「・・・みんな、ちょっといいかな。」
「?」
「実は・・・明日のこと、まだ、親に、言えてない・・・。」
「マジか。」
「ごめん。」
「私たちが一緒に言いに行ってあげよっか?」
「え?宇野さんたちが?」
「気づいてないかもしれないけど、私こう見えて頭いいよ。しずくも頭いいし、春樹は別だけど。」
「え?」
「月乃さんの母親が学歴主義ならさ、私たち二人なら許可してもらえると思うんだよね。勉強会をするっていえば。」
「なるほど・・・、その考えはなかった。ちなみに、偏差値どのくらい?」
「私は70。しずくは確か・・・。」
「72だよ。ちなみに春樹は58とかだったかな。」
「勝手にさらすなよー。衛藤か(笑)」
「確かに、二人ならあの親も許可しそう。私は65とかだから、教わる側なら余計に・・・」
「じゃあ放課後に言いに行こう。」
「ありがと、宇野さん。」
学校が終わり、私ははじめてクラスメイトたちと共に下校する。
「じゃあ、行こうか。二人とも、ありがとね。」
「月乃さんのための作戦なんだから、この程度全然。むしろもっと頼ってほしいくらいだよ。」
「本当だよ。月乃さんの助けになりたいんだからね。」
「ありがとう・・・。」
少し照れ臭くも、心が温まっていくのを感じていた。クラスメイトってこんなに温かいものであったのだと初めて感じた。
なにか視線を感じる・・・。そっと後ろを振り向いた。
(よし、気にしないで行こう。)
「・・・無視するなよ‼」
「うるさいんだけど、斎藤。」
「俺も行く。」
「あんたは私たちとは違うだろ。」
「でも、行く。」
「うーん。月乃さん、どうする?」
「もちろん置いていくけど?」
斎藤が駄々をこね始めた。こっちが折れるまで続きそうで、少々ウザい。仕方なしに折れる羽目に・・・。
「わかった、周りに迷惑だからついてきてもいいけど、余計なことはしゃべるなよ。絶対にだからな。」
「もちろん!」
なんだかしてやられた感があるが、気を取り直して帰路をたどった。
家に着くと、珍しく明かりが灯っていた。
「ただいま。」
「「お邪魔しまーす!」」
「⁉こんにちはぁ。沙耶香ちゃんの友達?」
「はい!そうでーす!」
「ちょっとごめんなさいね、沙耶香ちゃんちょっと。」
「・・・なに?」
私だけ家の中に入れられ、玄関を閉められた。まあ、予想はついていた。
「なに馬鹿なことしてるの⁉友達だなんて勉強の妨げになるだけなのに勝手に作って。何のためにあの高校に入れたと思ってるの?沙耶香ちゃんは医者になるんだから、学校はそのための勉強場所でしょ⁉」
「話はそれだけ?もういいでしょ。そもそも、母さんが言ったんだろ?頭のいい人と仲良くしなさいって。」
「確かに言ったわよ?でも、どう見たってあの人たちの頭がいいわけがないじゃない‼全身チャラチャラしているし、変な人と関わりがありそうだし、私は心配して言っているのよ⁉あなたのためなの!」
「はぁ。そこまで言うなら、直接確認すればいいでしょ?」
「わかったわ。」
母は渋々重い腰を上げ、扉を開けた。
「ごめんなさいね。いつも沙耶香ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね。ところで、今日は家に何か御用でもあったの?」
母親はなかなか聞こうとしない。いい人アピールがウザすぎて反吐が出る。先に痺れを切らしたのは宇野さんの方だった。
「そういうの、いいです。」
「え?」
「沙耶香から全部聞いていますよ。さっきの会話も聞こえていましたし?チャラチャラしているとか、変な人と関わっているとか・・・。よっぽどの学歴主義者なんですね。仕方がないから教えてあげますけど、私、偏差値70あります。ちなみに、この子は72です。」
「⁉その見た目で⁉」
「人を見た目で判断するなんてずいぶん理不尽な学歴主義ですね。沙耶香は65だってさっき聞きました。ずっと部屋に閉じ込めているからですよ。私たちは頭の良しあし関係なく仲良くなりました。あなたの教育論、少しは見直した方いいですよ?」
「・・・」
「言い返せないってことは図星ですか。私はもっと沙耶香に現在(いま)を生きてほしい。そのために、沢山四人で遊ぶことにしました。早速明日お泊り会するんで、もちろん許可してくれますよね?」
宇野さんの圧がすごい。母さんが何も言い返せなくなっていた。
「・・・わ、わかったわよ・・・。」
「「・・・よっしゃー!」」
初めて遊ぶ許可が下りた。こんなことが起こるなんて奇跡とすら感じてしまった。母はその場に居づらくなったのか、外へ逃げて行った。
母親が去った後、私たちはリビングに移動し、しばらく気まずい沈黙が流れた。
「・・・まさか、本当に許可が出るとは思わなかった。」
これは本音だ。あの母親が折れるなんて今まで一度もなかった。ましてや、家を一日空ける許可がでるなんて信じられない。
「まあ、ちょっと強引だったけどね。予定と違うこと言っちゃったし(笑)。」
宇野さんが微笑みながら肩をすくめた。
心の奥底にずっと抑え込んでいた感情が、少しずつ溢れ出してくる。この子たちと一緒にいると、不思議と気持ちが軽くなっていくのがわかる。その後、私たちは翌日の作戦の最終確認をすることにした。普段は勉強に追われていて、こんなふうに誰かと一緒に過ごす時間を持つことなんて考えもしなかった。でも今は、その時間が楽しくてたまらない。「この時間が一生続いてほしい。」不覚にも、そう感じてしまった。
一時間ほどして解散をし、しばらくすると母も帰宅した。
「・・・おかえり。」
ただいまと返されないのは、今回が初めてだ。
翌日・・・
朝日に照らされ目覚めた時、昨日の出来事が頭をよぎった。母親とのやり取り、宇野さんの強引な提案、そして予想外に許可が下りたこと。だけど、母親に許可を得たという事実があるのに、心の奥でくすぶるこのモヤモヤは何だろう。母親と本当に向き合えたのか?母親の期待から解放されたわけじゃないという思いが、私を縛りつけているような気がしてならなかった。
制服を着ながら、鏡に映る自分に問いかけた。「これでよかったのか?」昨日のことが頭を巡るたびに、母親の言葉が刺さるように響く。私はまだ、本当の意味では母親と向き合えていないのかもしれない。それでも、今日の作戦を前にして、立ち止まるわけにはいかない。
玄関のドアを開ける瞬間、もう一度母に声をかける。「行ってきます。」やはり返事はなかった。扉を閉め、冷たい朝の空気を吸い込むと、心の中で決意が少し揺らぐ。でも、もう後戻りはできない。
学校に着くと、教室の前で待っている三人の姿が見えた。宇野さんが私に気づいて、笑顔で手を振る。
「おはよう、月乃さん!つい今日だね!荷物もって来た?」
その明るい声に、心が少し軽くなる気がした。
「おはよ、遅いじゃん。」
斎藤が少しふざけた調子で言ってくる。私は軽く微笑み返しながらも、昨日の母との会話が、心の中で何度も繰り返されていた。母親と本当に向き合えたのか?それとも、ごまかしただけなのか……。斎藤の冗談にも、どこか浮ついた気持ちでしか応じられない。
その時、日野さんがふんわりとした笑顔で話に加わった。
「おはよう、月乃さん。今日は大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・。」
穏やかな声が、私の心を少し和らげてくれる。それでも内心では自分の不安が解消されないままだった。
「昨日のこと、心配してたんだよ。無理しないでね。」
「ありがとう、でも平気。今日は頑張るつもりだから。」
私は笑顔を作ってみせるけど、日野さんは優しく微笑んで、何も言わずにただ頷いてくれた。
「てか昨日、月乃のこといきなり名前で呼んでたよな、いつそんなに仲良くなったんだよ。」
斎藤が口を尖らせながら不満をつぶやく。
宇野さんが「ああいう場面では普通は名前呼びなの。これ常識だからね?」と斎藤を軽くからかうが、その声に安心感を覚える。
「…宇野さん、日野さんになら、名前で呼ばれてもいいよ・・・。」
「え⁉」
「ほんとに?」
二人の顔が明らかに明るくなった。
「今の私がいるのは二人のおかげだから・・・。」
少し照れ臭いが、本当にそう思っている。
「じゃあさ!私のことも美咲でいいよ!てか、そう呼んでほしい!」
「私も、しずくって呼んでほしいかな。」
「わかった、嬉しい…。美咲、しずく、本当にありがとう。今日、一緒に頑張ろうね。」
「「うん!」」
「三人だけで盛り上がるなよー。俺も呼びたい―!」
そんな仲間たちといる時間は楽しくて、心が軽くなっていくのを感じる。だけど、やっぱり自分自身が母親とちゃんと向き合えたのか、その疑問はまだ心の中に残ったままだった。
わだかまりを抱えたまま、授業に参加した。
決行日前日、私は困っていた。
(・・・まだ親に言えてない、どうしよ⁉)
とりあえず学校へと向かった。
「おはよ~、ついに明日だなー。」
「・・・はよ、相変わらず元気だね。」
「…⁉月乃が・・・俺に挨拶を返しただと・・・⁉」
斎藤が驚愕の表情を浮かべた。その顔に、どこか照れくさいような笑顔も見えた。私は一瞬、その反応に戸惑いながらも、どうにかして気を取り直した。
「挨拶返しちゃダメなのかよ。。」
「いや、初めて返されたから嬉しすぎて・・・。」
「おはよー、なんかあったん?」
「聞いてくれよ!あの月乃が俺に挨拶返したんだぜ⁉ありえなくねーか⁉」
「なんだ、そんなことか。」
「そんなことだと・・・。」
「おはよ、宇野さん。」
「・・・⁉」
「お前も驚いてんじゃねーかよ(笑)」
その時、日野さんが近くを通りかかり、私たちの会話に気づいて寄ってきた。
「三人ともおはよう。何か面白い話してるの?」
日野さんは、にこやかに私たちに声をかけると、私たちを見てにっこり笑った。
「おはよ、斎藤と宇野さんが、初めて挨拶返されたって大騒ぎしてるの。」
「三人とも、すっかり打ち解けた感じだね。」
あどけない笑顔を浮かべる斎藤の隣で、二人が微笑んでいる。私は挨拶を返すだけで驚かれる世界線に少々戸惑いながらも明日決行の作戦に向けてチームワークが高まったようにも感じた。
「・・・みんな、ちょっといいかな。」
「?」
「実は・・・明日のこと、まだ、親に、言えてない・・・。」
「マジか。」
「ごめん。」
「私たちが一緒に言いに行ってあげよっか?」
「え?宇野さんたちが?」
「気づいてないかもしれないけど、私こう見えて頭いいよ。しずくも頭いいし、春樹は別だけど。」
「え?」
「月乃さんの母親が学歴主義ならさ、私たち二人なら許可してもらえると思うんだよね。勉強会をするっていえば。」
「なるほど・・・、その考えはなかった。ちなみに、偏差値どのくらい?」
「私は70。しずくは確か・・・。」
「72だよ。ちなみに春樹は58とかだったかな。」
「勝手にさらすなよー。衛藤か(笑)」
「確かに、二人ならあの親も許可しそう。私は65とかだから、教わる側なら余計に・・・」
「じゃあ放課後に言いに行こう。」
「ありがと、宇野さん。」
学校が終わり、私ははじめてクラスメイトたちと共に下校する。
「じゃあ、行こうか。二人とも、ありがとね。」
「月乃さんのための作戦なんだから、この程度全然。むしろもっと頼ってほしいくらいだよ。」
「本当だよ。月乃さんの助けになりたいんだからね。」
「ありがとう・・・。」
少し照れ臭くも、心が温まっていくのを感じていた。クラスメイトってこんなに温かいものであったのだと初めて感じた。
なにか視線を感じる・・・。そっと後ろを振り向いた。
(よし、気にしないで行こう。)
「・・・無視するなよ‼」
「うるさいんだけど、斎藤。」
「俺も行く。」
「あんたは私たちとは違うだろ。」
「でも、行く。」
「うーん。月乃さん、どうする?」
「もちろん置いていくけど?」
斎藤が駄々をこね始めた。こっちが折れるまで続きそうで、少々ウザい。仕方なしに折れる羽目に・・・。
「わかった、周りに迷惑だからついてきてもいいけど、余計なことはしゃべるなよ。絶対にだからな。」
「もちろん!」
なんだかしてやられた感があるが、気を取り直して帰路をたどった。
家に着くと、珍しく明かりが灯っていた。
「ただいま。」
「「お邪魔しまーす!」」
「⁉こんにちはぁ。沙耶香ちゃんの友達?」
「はい!そうでーす!」
「ちょっとごめんなさいね、沙耶香ちゃんちょっと。」
「・・・なに?」
私だけ家の中に入れられ、玄関を閉められた。まあ、予想はついていた。
「なに馬鹿なことしてるの⁉友達だなんて勉強の妨げになるだけなのに勝手に作って。何のためにあの高校に入れたと思ってるの?沙耶香ちゃんは医者になるんだから、学校はそのための勉強場所でしょ⁉」
「話はそれだけ?もういいでしょ。そもそも、母さんが言ったんだろ?頭のいい人と仲良くしなさいって。」
「確かに言ったわよ?でも、どう見たってあの人たちの頭がいいわけがないじゃない‼全身チャラチャラしているし、変な人と関わりがありそうだし、私は心配して言っているのよ⁉あなたのためなの!」
「はぁ。そこまで言うなら、直接確認すればいいでしょ?」
「わかったわ。」
母は渋々重い腰を上げ、扉を開けた。
「ごめんなさいね。いつも沙耶香ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね。ところで、今日は家に何か御用でもあったの?」
母親はなかなか聞こうとしない。いい人アピールがウザすぎて反吐が出る。先に痺れを切らしたのは宇野さんの方だった。
「そういうの、いいです。」
「え?」
「沙耶香から全部聞いていますよ。さっきの会話も聞こえていましたし?チャラチャラしているとか、変な人と関わっているとか・・・。よっぽどの学歴主義者なんですね。仕方がないから教えてあげますけど、私、偏差値70あります。ちなみに、この子は72です。」
「⁉その見た目で⁉」
「人を見た目で判断するなんてずいぶん理不尽な学歴主義ですね。沙耶香は65だってさっき聞きました。ずっと部屋に閉じ込めているからですよ。私たちは頭の良しあし関係なく仲良くなりました。あなたの教育論、少しは見直した方いいですよ?」
「・・・」
「言い返せないってことは図星ですか。私はもっと沙耶香に現在(いま)を生きてほしい。そのために、沢山四人で遊ぶことにしました。早速明日お泊り会するんで、もちろん許可してくれますよね?」
宇野さんの圧がすごい。母さんが何も言い返せなくなっていた。
「・・・わ、わかったわよ・・・。」
「「・・・よっしゃー!」」
初めて遊ぶ許可が下りた。こんなことが起こるなんて奇跡とすら感じてしまった。母はその場に居づらくなったのか、外へ逃げて行った。
母親が去った後、私たちはリビングに移動し、しばらく気まずい沈黙が流れた。
「・・・まさか、本当に許可が出るとは思わなかった。」
これは本音だ。あの母親が折れるなんて今まで一度もなかった。ましてや、家を一日空ける許可がでるなんて信じられない。
「まあ、ちょっと強引だったけどね。予定と違うこと言っちゃったし(笑)。」
宇野さんが微笑みながら肩をすくめた。
心の奥底にずっと抑え込んでいた感情が、少しずつ溢れ出してくる。この子たちと一緒にいると、不思議と気持ちが軽くなっていくのがわかる。その後、私たちは翌日の作戦の最終確認をすることにした。普段は勉強に追われていて、こんなふうに誰かと一緒に過ごす時間を持つことなんて考えもしなかった。でも今は、その時間が楽しくてたまらない。「この時間が一生続いてほしい。」不覚にも、そう感じてしまった。
一時間ほどして解散をし、しばらくすると母も帰宅した。
「・・・おかえり。」
ただいまと返されないのは、今回が初めてだ。
翌日・・・
朝日に照らされ目覚めた時、昨日の出来事が頭をよぎった。母親とのやり取り、宇野さんの強引な提案、そして予想外に許可が下りたこと。だけど、母親に許可を得たという事実があるのに、心の奥でくすぶるこのモヤモヤは何だろう。母親と本当に向き合えたのか?母親の期待から解放されたわけじゃないという思いが、私を縛りつけているような気がしてならなかった。
制服を着ながら、鏡に映る自分に問いかけた。「これでよかったのか?」昨日のことが頭を巡るたびに、母親の言葉が刺さるように響く。私はまだ、本当の意味では母親と向き合えていないのかもしれない。それでも、今日の作戦を前にして、立ち止まるわけにはいかない。
玄関のドアを開ける瞬間、もう一度母に声をかける。「行ってきます。」やはり返事はなかった。扉を閉め、冷たい朝の空気を吸い込むと、心の中で決意が少し揺らぐ。でも、もう後戻りはできない。
学校に着くと、教室の前で待っている三人の姿が見えた。宇野さんが私に気づいて、笑顔で手を振る。
「おはよう、月乃さん!つい今日だね!荷物もって来た?」
その明るい声に、心が少し軽くなる気がした。
「おはよ、遅いじゃん。」
斎藤が少しふざけた調子で言ってくる。私は軽く微笑み返しながらも、昨日の母との会話が、心の中で何度も繰り返されていた。母親と本当に向き合えたのか?それとも、ごまかしただけなのか……。斎藤の冗談にも、どこか浮ついた気持ちでしか応じられない。
その時、日野さんがふんわりとした笑顔で話に加わった。
「おはよう、月乃さん。今日は大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・。」
穏やかな声が、私の心を少し和らげてくれる。それでも内心では自分の不安が解消されないままだった。
「昨日のこと、心配してたんだよ。無理しないでね。」
「ありがとう、でも平気。今日は頑張るつもりだから。」
私は笑顔を作ってみせるけど、日野さんは優しく微笑んで、何も言わずにただ頷いてくれた。
「てか昨日、月乃のこといきなり名前で呼んでたよな、いつそんなに仲良くなったんだよ。」
斎藤が口を尖らせながら不満をつぶやく。
宇野さんが「ああいう場面では普通は名前呼びなの。これ常識だからね?」と斎藤を軽くからかうが、その声に安心感を覚える。
「…宇野さん、日野さんになら、名前で呼ばれてもいいよ・・・。」
「え⁉」
「ほんとに?」
二人の顔が明らかに明るくなった。
「今の私がいるのは二人のおかげだから・・・。」
少し照れ臭いが、本当にそう思っている。
「じゃあさ!私のことも美咲でいいよ!てか、そう呼んでほしい!」
「私も、しずくって呼んでほしいかな。」
「わかった、嬉しい…。美咲、しずく、本当にありがとう。今日、一緒に頑張ろうね。」
「「うん!」」
「三人だけで盛り上がるなよー。俺も呼びたい―!」
そんな仲間たちといる時間は楽しくて、心が軽くなっていくのを感じる。だけど、やっぱり自分自身が母親とちゃんと向き合えたのか、その疑問はまだ心の中に残ったままだった。
わだかまりを抱えたまま、授業に参加した。



