「よっ、ほっ、……あ、ない……」
「ほんとだね、死んじゃうじゃん、どうすんの?」
「くっ……先輩、俺はもうここまでです。俺の屍を越えて下さい……」
「わかったじゃあね」
「えぇ!?」
一人で勝手に”影以外を踏んだら死ぬゲーム”をしていた千紘。
順調に街路樹やガードレールの影の上を歩いていたが、歩道の切れ目に差し掛かってしまった。
何度か私が太陽側に行って影を作ってあげていたけど、なんか面倒くさくなったので置いていくことにした。
「ちょっと先輩話が違うじゃないすか」
「あれ、もういいの?死んだ?」
「物騒なこと言わないで下さい」
数歩先に行ったところで、諦めたのか小走りですぐに追いついてきた。
高校生にもなってこんな遊びをするあたり、やっぱり千紘は千紘だ。
さっきのかっこよさなんて、見る影もなくなった。
すっかり空は朱に染まって、太陽はもう半分くらい地平線に沈んでいる。
黒い感情を全部流し切ったあと、突如として顔へと押し付けられたハンカチに泣き跡を吸わせて、スッキリした私は散々千紘のくさいセリフを笑い飛ばした。
そして最後に一度だけ、「ありがとう」と言って、全てを終わらせた。
それから押し問答の末に千紘に家まで送られることになり、今に至る。
「はぁー、千紘は子供だなぁ」
「未成年ですからね」
「そうじゃないし」
大袈裟にため息をつく私に、なぜか千紘は嬉しそうに笑っている。
「どうしたの、まさかMだった?」
「いや、いつもの先輩だなって」
「私はいっつもこうだけど」
「さっき見たことないくらい泣き腫らした目で俺に弱音吐いてたの誰でしたっけ」
「やっぱあの時逃げればよかったかな」
「けど逃げてたら多分立ち直れてないですよね」
「くっっさい台詞で慰めてくれてありがとうね!!」
千紘が豆鉄砲を食らった。
本当に可愛くない後輩だ。
そして多分、私も相当可愛くない。
でも、これが私達なんだ。
数年前からずっと変わらない、千紘と私の変な関係。
こうやって馬鹿なことを言い合って、片方が落ち込んでる時はそっと隣にいて、馬鹿なことで笑いあって全部吹き飛ばす。
それが私達には合っていて、だからこそ、彼の隣は居心地がよかった。
「そういえば千紘の恋バナとか私きいたことないんだけど」
「何ですかいきなり」
「私ばっか話してんの不公平じゃない?私は全部吹っ切ったからさ、次は千紘の番でしょ。さっき言ってた好きな人、どんな人なの?」
「えー、や、それはなんていうかその」
「なんていうか、何?」
「ほら、違うじゃないですか。過ぎた話ですよ」
「あれが過ぎた恋の話をしてる人の顔とは到底思えないけど」
「んん…………」
唸り声を上げながら悩んでいる。
こうなったらもう言い逃れはできないことを察したのだろう。
観念したように、不服そうにしながらも話し始めた。
「……死ぬほど可愛くなくて、死ぬほど可愛い人」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「そのまんまの意味です。普段の俺に対する態度は絶望的に可愛くないけど、彼氏の話とか、好きなもののことを考えてるときは最高に可愛いって何言ってんの俺」
「あー……彼氏もちか」
「正確には元、ですけどね」
「別れたの?私と同時期じゃん」
「……そう、ですね」
歯切れが悪そうに言う。
なんでだろう。
別れたんなら、今がチャンスなんじゃないか。不謹慎だけど。
今すぐには無理かもしれないけど、その子の傍にい続ければもしかしたら振り向いてくれるかもしれない。
「あれじゃん、漬け込むって言ったら言い方悪いけど、傷心中なら話聞いて一緒にいるだけでもちょっとは成功率あがると思うよ」
「先輩が言うと説得力ありますね」
「例えばほら、気分転換に遊びに誘うとか」
「遊びかあ。どこがいいと思います?」
「私だったらゲーセンかな。思い切り遊んで忘れたいし。でも絶対本人に訊いた方がいいよ」
「なるほど、わかりました」
そう言うと、おもむろにスマホを取り出した。
彼女に誘いのLINEでも入れているのだろうか。
数秒ほどいじったあと、ポケットに仕舞って私に向き直った。
「ところで先輩、今週の土曜空いてます?」
「え、なんで私?空いてるけど」
「じゃゲーセン行きましょ。駅前のラウンドツー、新しいの入ったらしいし」
「いいけど、好きな子との約束は?あ、日曜にしたのか」
「……もうそういうことでいいです」
意味がわからない。
そういうことでいいってどういう事。
そういうことじゃないの。
それはさておいて、正直ラウンドツーは私も行きたいと思ってた。
旭陽とはもう行けないし、友達も部活やらデートやらで忙しそうで誘えなかったのだ。
千紘は本当に、私の気持ちを見透かす天才なんだろうか。
「先輩、鈍感って言われません?」
「なんで」
「そういうとこです」
「会話成り立ってるこれ?」
全く成り立ってる気がしないし、千紘が苦笑いしてるのも納得がいかない。
本当に、よくわからない後輩だ。
千紘と見つめ合っていると、なぜだか自然に笑みが溢れてくる。
そんな私を見て、千紘ももう一度、安心したように優しく笑った。
それ以降、雨は降らなかった。
蒼と朱のグラデーションがかかった空の下、私達は家の前で「また明日」と手を振りあった。
アスファルトの水溜まりには月が反射して、見たことがないくらいに、キラキラと輝いていた。

