君の一番になりたかった。【短編集】



「杏胡、何見てんの?」


不意に後ろから手元を覗いてきた彼氏は、私の持っている写真を指さした。


「夕生、いつの間に」

「今さっき。……朱里さんとのツーショ?」

「うん、20歳になったから、写真見返してみたくなって」

「へー、あ、これ高校の入学式のやつじゃん。若っ」

「失礼な。今も充分若いですー」


並んでピースサインをしながら笑顔を浮かべるふたりを見ていると、5年前がなんだか懐かしくなってくる。

私と同じ日にお母さんのお腹から一緒に産まれた朱里は、今は東京に出て、同い年の旦那さんと幸せに暮らしている。

そんな私達は今日、晴れて成人となった。

今日はお互い恋人と過ごすため、少し早い昨日に彼女と目一杯遊んできた。


「それにしてもめっちゃ似てるよね」

「ね。今までに何回間違えられたことか」


「ほら、これなんか俺でも見分けつかないもん」と彼が指したのは、小学生の頃、全く同じ服と髪型で撮った写真だった。


「あー、これね。私達、趣味とか好きなものも似てるから、お母さんに買ってもらった服を見た朱里が、羨ましいって聞かなくて」

「可愛いね、似合ってる」

「どっちが?」

「どっちも」

「そこは嘘でも私って言ってよ」


私が笑うと、彼も「だって違いわかんないもん」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「思い出に耽るのもいいけどさ、今日はせっかく俺といるんだし、もっと彼氏のこと構ってあげない?」


そう言って立ち去っていったかと思えば、何かを背中に隠してすぐに部屋から戻ってきた。


「何、どうしたの?」

「じゃーん!誕生日おめでと!」


優しい笑顔で彼が私に差し出したのは、小さな花たちと、可愛らしい香水だった。


「わ、可愛い……」

「でしょでしょ、杏胡が好きそうだなって思って」

「うん、好き。可愛い」

「何回言うの」


彼から大事に花を受け取ると、いかにも花らしい、いい香りがした。

萼の丸くなった白い花やピンク色の小さな花、それよりもっと小さい花が集まったものもある。


「これ、何ていう花なの?」

「それ全部、シレネっていうんだって」

「全部!?」


パッと見た感じそれぞれ別の花のように見えるけど、確かになんとなく似た香りを感じるかもしれない。


「シレネには沢山の品種があって、それによって見た目も多少変わったりするんだって。別名フクロナデシコ。可憐で気まぐれな杏胡にぴったりだと思って」

「そんな気まぐれかな私。ていうか、よく知ってるね」

「ネットで色々調べてみたんだ」


ペラペラと話す彼に、思わず関心してしまう。
私はあんまり植物に詳しくないからよくわかんないけど、今度調べてみようかな。


「ちなみにこっちの香水はフローラルティーの香りだって」

「へえ、可愛い。つけてみていい?」

「もちろん」


桃色の小瓶を手に取って窓にかざすと、中の液体がキラキラと輝いて見える。

軽く手首に吹きかけると、途端に心地よく甘い香りが広がった。


「すごい、めっちゃ好きな香りだ」

「ほんと?よかった」

「明日から毎日つけちゃおうかな」

「じゃ、俺はこの匂いを嗅ぐ度に杏胡のこと思い出すね」


また夕生はそうやってすぐかっこいいことを言う。
付き合ってもう2年以上経つのに、未だに毎日こんなことを言うから困る。
けど、そんな日々が幸せだったりするのだ。


「夕生ってほんとにセンスいいよね」

「そう?杏胡のことよく見てるだけじゃない?」

「……かもね」


会話が途切れると、彼は「そうだ」と声を上げて今度は冷蔵庫へ向かった。


「みてみて、ケーキも買ってきたんだ。一緒に食べよ」

「わぁもうほんとありがとう、美味しそう……」

「二人で食べ切れるようにあんま大きくないやつだけど」

「充分だよ」


食器をとってテーブルの前に座ると、また幸せな時間が始まる。
彼と一緒にここに座って食事をする時間が、私は一番好きだ。

宝石みたいにきらきらしたフルーツタルトにフォークを刺し、一口食べてみると、優しい甘さと酸っぱさが混ざりあった。


「美味し……」

「ふふ、それはよかった」


彼は花のように微笑んで、自分も一口掬って口に運んで、また静かに笑みを零した。


「夕生。私、夕生のこと好きだよ」

「俺もだよ」

「……ねえ夕生、私のどこが好き?」


私がそっと問いかけると、彼は考える様子は見せずに、少しの間をあけて答えた。


「顔と、感性。あと、一途なとこも好き」

「そっか」


この質問は、今までも何回かしたことがある。
そしてその度に、彼はいつも同じくこの答えを返した。

変わらないんだなあ、ずっと。


「こんな時間がずっと続けばいいのにね」

「……そうだね」


本当に、夕生とこうして毎日一緒にいれることが、信じられないくらいに幸せでたまらない。

願わくば、彼とこの先の人生を共に歩いていきたい。
そう思った。


……けどね、私は知ってるよ。

あの香水は、朱里がいつもつけてるのと同じだって。
そして、そのことを夕生は知ってるんだって。
知ってて、選んだんだって。

高校時代、私とすぐに意気投合して仲良くなった夕生は、いつも私の方を見てた。

でも、君が見てたのは、私じゃなかったね。

約二年間自惚れた私は告白しようとして、直前に違和感に気付いた。

いつだって夕生の視線の先は、私の隣に向いていた。

朱里が同級生の男の子-今の旦那さんである人と付き合い始めたことを知った時の夕生の顔は、今でもはっきり覚えてる。


夕生はいつも私のことをわかってくれた。
くれる物、してくれること。
全部、私が求めているものが何かわかっていた。

朱里と、そっくりだったから。

顔も感性も、好きなことも。

全部、朱里と私は酷似していた。

だから、君は。


「……食べないの?」

「ううん、食べる」


そう言ったものの中々手をつけないでいると、彼は苺をのせたスプーンを私に差し出した。


「はい、あーん」

「……ん」


口の中いっぱいに広がる甘酸っぱさと、目の前で微笑む彼を見ていると、なんだかどうでもよくなってくる。

例えこれが、偽りの愛だったとしても。

今幸せならまあいいか。

そうやってまた、私は自分を騙して彼に寄り添った。