ヤンキー高校のアリス

 鬱屈(うっくつ)ってこういうことをいうのかもしれないな。

 なんて、わたしはわざと遅らせた帰りをいつにするかで迷ってる。中三の最後の下校はあっけなく、そして怠かった。

 五時が限界かな。六時でもいいかな? 

 そう思って、今日もバスを一本見送った。

 ギリギリまで教えてたら遅れちゃった――そうお母さんに連絡する。

 そして、次のバスを待たず、歩いて帰ることにした。 


 ちょっとしたノスタルジーってやつだ。浸ってもゆるされるでしょう。
 



 家に帰っても、居るのはお義父さんとお母さん。

 二人は新婚ほやほやのカップルだから、おっきなこぶ(・・)はお邪魔虫だ。

 ほんとは分かってる。お義父さんがすごくわたしに気を遣っていること。口調も態度も、生活面でも、すごくすごく気を遣ってるってこと、わかってる。お風呂とかトイレとか、言葉がけとか、いろいろ、ひしひし伝わってくる。

 でもわかってほしい。それ以上にわたしは、お義父さんに気を遣ってるってこと。

 ぎりぎりまで残って勉強してるのは本当。でも、進学を不安がってるトモダチに勉強を教えてほしいって言われてるのは嘘。頼み込まれて塾のまねごとしてるってのも嘘。

 嘘ばっかりならべて、馬鹿みたいだなぁ。なんて、これが鬱屈といわずしてなんと言うんだろう。

 鬱屈、鬱屈と言葉を口の中で転がして、わたしは――守野有朱(もりのありす)はため息をついた。


 名字も変わったばっかりで、このフルネームにも慣れない。有朱――ありすという文字列だけがわたしを安心させてくれた。


 ありす。私の本当のお父さんがくれた名前。



 お父さんが死ぬまでは、わたしって特別で素敵な女の子なんだとおもってた。

 でも、とんだ思い違いだった。

 わたしが特別で素敵でいられたのは、お父さんがいたからだった。

 わたしを宝物のように扱ってくれたからだった。 



 お父さんが居なくなって、わたしはわたしの本当の価値を思い知った。

 お義父さんが来て、……お父さんがいかに私を大事にしていてくれたのかが分かった。



 人は、扱い一つで宝石にもガラス玉にもなれる。ゴミにだってなっちゃう。


 それが守野有朱、十五歳が出した結論だ。

 そしてわたしは、今、まさに、ゴミそのものの気分で町を歩いている。