「アムに何言ったんだよ⁉」

 ケントが唾を飛ばしながら、ユーリとジンの胸を順に強めに突き飛ばす。
 二人はいっそうニヤニヤして、ガッチリと互いの肩を組んだ。

「俺ら、親友だから。」
「な♪」

「み、見てたぞ! ジンはさっき、アムを口説いてたじゃねーか⁉」
「うん。今でも絶賛、口説き中~。」
「ってハァ? 何で⁉」

 ジンが目にかかる黒い前髪をゆるっとかきあげて、胸の前で腕を組んだ。
「朝ゆったじゃん。ケントとはマジで勝負したいからさぁ、俺に変な気ィ使われるのは、正直メーワク。
 俺、『平行』じゃないとスッキリしないんだよね。」

 ユーリは片眉を上げて苦笑を禁じ得ない。
「やっぱおバカなんだから、ムリすんな。それ『公平』でオッケー? 」

 ジンがムスっとしながらケントに人差し指をつき出した。
「ケント! アムのお願いの返事はぁ⁇」

 アムがケントの背中に抱きつきながら、叫んだ。
「アムが好きだというのじゃ!」

「だまれーーー‼」

 ケントが大声で一喝すると、静寂が訪れた。
 ケントは大きなため息を吐き切り、目を腕で覆いながらボソボソとつぶやいた。

「もう、これ以上イジるのはヤメてくれ・・・だから。」

「え、何て?」
 三人が、耳に手を当ててケントにすり寄る。
 
「俺も、アムのこと好きだって‼」

「やったーーー!」
 ジャンプしてハイタッチをする三人。

「ウルトラバカどもが・・・!」

 ケントが頭から蒸気を出しながらステージに向けて歩き出した。

「ケント、うちも・・・!」
「知らんけど! もうステージに出るぞ‼」

 アムの声を遮るように大声を出してステージの端に出たケントに、白いスポットライトが当たった。
 観客の大きな声援に手を上げて応えたケントは、すぐ隣に立ったユーリに冷やかされた。

「メンタルだいじょぶそ? このノリで最後までバトルできんのー?」
「ノリなら問題ない。ダンスは、音に乗るだけだからな。」

 アムはそのひと言に凍り付いた。

「ケント・・・今、なんて言ったのじゃ?」

 消え入りそうなアムの声は、ジンの切羽詰まった声にかき消された。
「アム、さすがにタイムリミットだから、定位置について!」

 アムははやる気持ちが止められず、ステージに走りながら期待に胸を膨らませた。

(もしかして、もしかして‼)

 ※

 相手チームの二番手がR&Bを華麗なジャズダンスで踊りきると、その世界観の理解度の深さに観覧席がどよめいた。

「この流れ、ひっくり返すぞ。」
 ユーリがスカジャンの下に着こんだパーカーのフードをかぶって、鼻の上の眼鏡のエッジを押し上げた。

 それが【ブラックアイ・ダイナマイツ】のルーテーィンの合図だった。
 相手のターンの終わり際に、煽るように全員がステージの中央にスライドで躍り出て、一斉に同じ動きのユニゾンダンスで観客を沸かす。

 縦一列に並んだ四人が同じ方向に手をずらしながらつき出して美しいカノンを送ると、強面のヤンキーたちから繊細なため息が漏れた。R&Bの力強い曲の世界観はそのまま、四人が踊ることでよりゴージャスで壮大な雰囲気を醸し出している。

 その流れから一人、飛び出したケントがバレエのピルエットのターンを決めて、観覧席と審査員席から歓声が沸いた。

「アイツ、いつの間に・・・?」

 ステージの脇に退いたジンが驚いてユーリを見ると、ユーリがアムの方にあごをしゃくった。

「アムの影響だよ。ロックダンスだけじゃなくて俺の技をトレースして進化したいってゆうから、ちょこっと教えたのね。
 しかし、さっすが真面目クン。師匠越えの完璧なターンじゃねーか!」 

「ケント、スゴいのじゃ!」
「次の相手のムーブが終わったらアムの番だよ♪」

 ジンが手首を回しながら言った途端、急にアムの肩がズシンと重くなった。

(モノマネじゃない、自分の色のダンス・・・ちゃんと、うちにできるのかな?)

 ケントがチームに戻ってくると、怯えた目のアムとバッチリ目を合わせたケントが、大きな手の平を自分の顔の横に出した。

「?」

 戸惑うアムの手を取り、自分の手にぴったりと重ね合わせる。ケントは荒い息を吐きながらアムだけに聞こえる声で囁いた。

「アム、緊張してる?」
「うん。」
「なら、いいおまじないがあるけど、言ってみる?」
「あ・・・!」

 アムの顔にパァッと明るさが戻り、DJの曲に負けない大声でおまじないを叫んだ。

「ケントが大好きーーー!」
「っしゃ、行ってこい‼」
 アムはケントの手のひらを力強く叩くと、ステージの中央に躍り出た。

 アムは確信していた。

(ダンスが世界で一番じゃなくても、音楽が大好きで音に乗るのが好きなニンゲンが、うちの大好きなちぃくんじゃ!)

 ダンスナンバーが変化して、ノリの良い重低音が強めのヒップホップになった。
 ポップコーンステップから入り、ハッピーフィート、ターンしながらのパワフルなヒールトゥツイスト。

「楽しい! 楽しい!」

 バク転からのサイドフィリップが決まると、手拍子とともに自然と【アムコール】が観客の口から流れ出る。

「アム! アム! アム!」

 会場全体がアムの色に染まり、アムの興奮は最高潮に達した。

「ダンス、サイコー‼」

 そして・・・アムは狸に戻っていた。

 ※

「なんだ、アレ? 」

 ステージの上の異変に気がつくと、すぐに会場全体がざわついた。

「アムの顔が、狸に見えるんだけど⁉」
「幻覚?」
「マジックじゃないの?」
「リアルすぎ・・・え? ヤバヤバヤバ・・・!」

 音が止まった。
 騒然とする観客たちの前でペコリとお辞儀をしたアムの姿は、完全なる狸になっていた。

「嘘だろ・・・。」
 目の前の光景に唖然とする3ワールドたち。

「アムが狸になるなんて、どゆこと?」
 ユーリとジンが目を見開いてステージに立つ狸を見つめている。

「タヌぽん・・・?」

 ケントが無意識に口に出した言葉に、狸のアムが泣きながら笑った。
「ちぃくん、ずっと探してたよ。」

 学園上空に突如出現した黒雲が、紫色の稲光をステージに落とした。
 一瞬で辺りが白い光に包まれて、狸のアムの姿が薄くなった。

「でも、さよならじゃ。」