グラウンドの特設ステージが開場されてから数分足らず、ロープで囲われただけの立ち見オンリーの観覧席は、派手な変形制服のヤンキー学生たちだけでほぼ満席になった。

「なにやってんだ、早く始めろー!」
「待たせんな、コラー!」

 持っていた空のペッドボトルやお菓子の空容器を、容赦なくステージにぶん投げる輩たち。
 それをロープの外側に立ち並ぶ教師たちも黙認しているのは、この学園の日常風景だからだ。

 特設ステージの右端でノリの良い音楽を流していたドレッドヘアのDJが、治安の悪そうな観覧席に向けて最大ボリュームのスクラッチ音をギリギリとスピーカ―から解き放った。

「ウィアー!ダン!フェス!!」
 DJが叫びながら拳を突き上げると、観客も一斉に沸いて拳を上げて応えた。「ウォォ!」

「待たせたな、てめーら! 知ってのとおり、本日のメインは予選を勝ち上がった四人の猛者による個人ダンスバトル、なん・だ・がぁ、その前に、四人1チームで争う4 on 4のショーケースを今から始めるんで、そこんとこヨロシクです!
 んじゃま、最初はこの2組のバトルから行くぜ! 覚悟はいいか? ヒア・ウィ・ゴー‼」

 第一試合の2組、チーム【ブラックアイ・ダイナマイツ】とチーム【エイト王子クローザー】を呼び込むと、割れんばかりの拍手喝采と地響きがグラウンドの会場を覆いつくした。

 ※

「じゃ、行ってくるか。」
 お揃いの黒サテン地に金ラメの文字【ダイナマイツ】の文字が光るスカジャンを羽織ったアムと3ワールドは、円陣を組んだ。

 ジンが、みんなの顔を見てからドスの効いた大声を絞り出す。
「いいか、てめーら。今回、俺ら四人がチーム組むのは本日限定・奇跡のメンツだ!
  今、この瞬間を楽しむぞッ!」
 全員が片足を円陣の前に出して声をそろえた。「ウェイ、ダイナマイッ‼」

 円陣を解くとステージ袖に移動しようとしたアムは、ケントの様子がおかしいことに気づいて、スカジャンの裾を引っ張った。

「ケント、おっきいのガマンしているのか?
 早くトイレに行ったらいいのじゃ。」

 アムの横を通り過ぎようとしていたケントが、アムを苦い顔で見た。
「それよ。少しは恥じらいをもて、十六歳! ちな、俺の腹は無事だから気にすんな。」

「でも、うちと目を合わせないではないか!」
「ンなこたねぇよ。」
「いや、ある! 今だって、合わない‼」
「本番前なのに絡まれんの、ちょーダル!」

 スカジャンの裾を乱暴に振り払うと、ケントは背中越しにポツリとつぶやいた。
 
「それにさ、俺と目が合わなくても関係ないだろ。俺はお前のちぃくんじゃなければ、赤の他人なんだから。」
「え・・・?」

 アムはケントと自分の1メートルほどの距離が急に遠くに感じた。

「前は、うちのこと好きだって言ってくれたのに・・・。」
「それは友だちとしてだ。
 それより、誰かに誤解されるような行動はするなって言ってんの・・・お前、好きなヤツがいんだろ?」
「あ・・・。」

(確かにそうじゃ。
 ちぃくんじゃなければ、ケントはアムには関係のないニンゲン。
 なのに、なんで冷たくされると悲しくなるんじゃろう。)

 アムは急に疎外感を覚えて鼻の辺りがツーンと痛くなった。

「・・・ゴメンなのじゃ。」
「いや、俺はいいけど。とりま、チーム戦ガンバろうな。」
「ん。」

 うつむいたまま目を合わせない二人は、ぎこちない距離間のままチーム戦を踊った。

 ※

 下馬評どおり、チーム【ブラックアイ・ダイナマイツ】は快進撃を続けた。
 ユーリ、ケント、アム、ジンの順にダンスをして、相手のパフォーマンスが高い時には、全員のルーティーンで観客を沸かせてオーディエンスを勝ち取る。

 チーム戦を2ムーブ終えての決勝戦直前。
 十五分休憩のときに、アムは一人でステージの裏側にうずくまっていた。

「楽しみだったのに、楽しくない。」

 胸にポカンと穴が空いてしまった気がしていた。
 あんなに心待ちにしていたチーム戦が、ただの義務みたいになってしまったことが、ひたすら悔しい。

「おっつー。これ、大会の参加者に配られるスポドリだけど、今飲む?」
 スポドリを持ったユーリがアムに近づいて、持っていたスポドリを見せた。

「て、そんなカンジじゃなさそ? 何かあったくさい⁇」
 ユーリはうずくまるアムの横に、ヤンキー座りで腰を下ろした。

「ケントに・・・好きな奴がいるなら目を合わせるなと言われたのじゃ。」
「え、それウケる。何で?」
「それが分からないから、気になってダンスが楽しめないのじゃ!」
「あっそ・・・ふーん。」

 スポドリのキャップを開けたユーリは、空を見上げてから横に居るアムを見た。

「アムはさ、ケントのことをどう思ってるの?」
「どうって、好きじゃ。ちぃくんかもしれないしな。」
「じゃ、言い方変えるけど、ケントがちぃくんじゃなかったら、好きじゃなかったの?」
「それは・・・。」
「分かんない?
 答えはね、アムの心の中にあるはずだよ。」

 アムは走馬燈のようにケントと出会った頃のことを思い出していた。
 ケントに教えてもらったダンスバトル、ボイラー室に閉じ込められていることを助けてくれた予選会、カーテンから出られないアムを背負ってくれた配信騒動、自信を失くしたルーティーン練習でも公園で励ましてくれた。

 アムは全身の毛穴から張り詰めていた空気が、パンと目の前で弾けるような感覚を覚えた。
「ちぃくんじゃなくても、うちはケントが好きになっていたと思う!」 

 ユーリはニッと口の端を上げて目を細めると、ワシワシッとアムの頭を撫でた。

「なら、それが答えだ! つまんない顔してダンスするくらいなら、ちゃんとケントと話しろし。」
「うん!」

 アムが元気に立ち上がると、ユーリもホッとした顔で立ちあがり、エナドリをひとくち飲んだ。
「だから俺にしとけばいいのに・・・。
 ま、ケントは昔からムッツリなんだよ。おまけに猪突猛進ヤローだしな。」

「ムッソリーニ? チョットモシモシ?」
「あっ、ね・・・ダンフェス終わったらさあ、耳鼻科行きなよ。」

 ※

「たのもう!」
 アムが姿見で衣装チェックをしているケントの前に、鼻息を荒くして立ちはだかった。

「しつこ! まだムーブ残ってるから、話はあとにして。」
 避けてステージに行こうとするケントの背中に、アムが抱きついた。

「うちは、ケントが大好きじゃ!」
「ッ⁉」

 ケントは驚きすぎて、今、口に含んだエナドリを吐きそうになった。

「な、なんでこんな時に・・・?
 てか、お前さっき、ジンに告ってたじゃん! ジンが好きだって言ってたじゃん!」
「あれは緊張しないおまじないじゃ!」
「お、おまじない?」
「うちはケントが好きなんじゃ。だから、目が合わないと悲しいし、一緒にダンスをしても楽しくない!」
「お、おう。」
「だから、ケントもうちのことを好きになってほしいのじゃ!」

「なんだよ、それ・・・。」
 どう答えていいか分からず、途方に暮れるケント。
 
 そんな時、横からわざとらしい横槍が入った。

「早く返事してくれないと、最終ムーブが始まっちゃうんスけどー。」
「ホラ早く! 3・2・1・キュー♪」

 ニヤニヤした顔のユーリとジンが二人の様子をうかがっている。

 ケントは耳まで赤くなりながら、ハッとした顔をした。
「お前ら・・・やりやがったな⁉」