一週間ぶりにディミーが部屋にやってきた。
ディミーはエレーヌの通訳のはずだ。毎日のようにそばにいてくれないといけないのに、いったい何をしていたのか。
「ディミー、あなたはこの一週間、何をやっていたの?」
ディミーは申し訳なさそうな顔をして、うつむいた。
「実は息子の具合が悪うございまして」
それを聞いて、エレーヌの不満が氷解した。
「息子さんも一緒にラクアに来ているのね? 大丈夫なの?」
「ええ、何とか」
ディミーは笑みを浮かべた。しかし、顔は曇ったままだった。
「心配なら、さがってもいいわ。でも、その前に、言葉を教えてくれる先生を陛下に頼んでもらえないかしら」
「まあ! それは良い考えですわ」
ディミーは目を輝かせた。ディミーはエレーヌについてどこまで知っているのかわからないが、その顔つきで、エレーヌが内気で周囲に興味を持たないと思われていたのがわかった。
「それで、言葉というと、宮廷語ですか。ラクア語ですか」
「えっと」
そこでエレーヌは言葉に詰まった。
「宮廷語?」
エレーヌは宮廷語の存在も知らなかった。
ディミーは、貴族は基本的に母国語以外は帝国語しか学ばず、公には帝国語を使うこと、そのため帝国語は宮廷語と呼ばれていること、帝国語もブルガン語もラクア語も語族が違うので、学ぶにはそれなりの期間が必要であることなどを教えてきた。
また、ブルガン語は大陸では最も難解な言葉で、ブルガン人以外は操れる人が人が少ないとのことだった。
「私にこれから必要になる言葉はどちらかしら」
ディミーは初夜の会話を通訳したその人で、いずれエレーヌが王宮を追い出されることを知っている。
ディミーは痛ましそうな目を向けてきた。
「それならばラクア語でしょう。宮廷語は貴族しか使いませんから」
「ハンナが喋っているのは何語なの? オイシイ、とか、キレイ、とか」
「それはラクア語ですわ。陛下も普段はラクア語を使っておられます。貴族議会や公式の場以外では、宮廷語は使われませんもの」
「では、陛下にラクア語の教師を頼んでもらえるかしら」
「はい、それならすぐにでも頼んでおきます。陛下ならきっと良い教師をつけてくださるに違いないですわ」
(あの人は私を追い出すつもりだもの。それくらいは、してもらわないとね)
エレーヌの頼み事はまだあった。
「あと、本を読みたいの。もしも、ブルガン語の本があれば。もしくは、ラクア語の辞書があれば届けてほしいのだけど」
「それも陛下に相談してみますね。なければ本を取り寄せてくれるかもしれません」
(毎日、贈り物をくれるんだもの。きっと取り寄せてくれるわ)
そう思うも、エレーヌは期待を膨らませすぎないようにする。
(マカロンに釣られすぎよ。いつかは追い出す相手に、わざわざ本を取り寄せることなど考えないことね)
そして、刺繍がしたいと言えば、ディミーはハンナにそれを伝え、すぐさま、布と糸と裁縫道具をハンナが持ってきた。


