低温を綴じて、なおさないで




玄関で靴も脱がずに向き合ったまま、顎に手がかかってわたしの視界が固定される。20センチ上の直だけが視界の範囲。さっき葉月くんとされたのと同じなのに、全然違う。


あんなにいやで振り払いたかったのに、直が相手なら受け入れてしまう。何されたっていいと、思ってしまう。



小さい頃からずっと見てきた、ずっと隣にいたダークブラウンの瞳が、切なげに揺れた気がした。きみが放った言葉の意味を、どう捉えて受け取れば良いのだろうか。わからずにわたしもまた、ゆらめく。




「……目、閉じて」




わたしの頬に手を置いて、耳元で囁くから、わたしは言われるがまま視界を真っ暗にするほかない。


直によって視覚が制限された世界で、ほかの4つの感覚が過敏になる。真っ暗な世界は、さっき見た月が隠れた夜空に似ていた。



目を閉じて、と言われてまぶたを落とす。何度も経験したことのあるこの状況で、予想していた温度が重ならなくて、薄く視界に明るさを求めて視覚を取り戻したら、直と確かに目が合って、待っていたかのようにその感覚が落とされた。