わたしを“栞ちゃん”と呼ぶひと、上京してからひとりしかいない。耳にだけはやさしいその声に呼ばれるのはきらいじゃなかったけど、すきでもなかった。今は完全に、何も感じなくなった。


……いや、少しちがう。小さじ1杯分くらいは嫌悪がある。




「……葉月くん」




わたしが彼の名前をぽつりと溢せば、にこ、と口角を緩やかに上げてわたしのほうへ向かってくる。相変わらずビジュアルだけはどこまでも良い。小さく落ち着いて笑うのも綺麗で、当時は心を奪われかけた。



それでも今、彼の本性を知った今は。その爽やかさと無害で清廉潔白なふりをしている人当たりの良さは、作りものの偽りにしか見えない。



今までそうやって、何人の女の子を泣かせてきたの。女の味方みたいな顔して、最上に女の敵だからあまりにタチがわるい。



たぶん、今でも葉月くんのことをわすれられないくらい、茉耶も心を奪われたんだ。だから、それも含めたお門違いな、ちょっとの、嫌悪。