軽々しく聞いたのが間違いだった。まさかその名前が出てくると思わなくて、それ専用の反応を準備していなかったから。
──私が焦がれて仕方ない、矢野葉月、だった。
私と違って一回じゃなかった。その日のうちに終わっていなければ、手を出されているわけでもない。健全で綺麗なデートを繰り返していた。
なんで何度も会えるの。なんで連絡先を交換できるの。
なんで“栞ちゃん”と名前を呼んでもらえるの。なんで目が合ったら気づいてもらえるの。
なのに全然、栞は矢野さんをすきだって素振りを見せないし、迷っているような言動をとっていた。まるで“すきじゃない”とでも言いたげ。他にすきなひとでもいるような態度。
…………栞ばっかり、ずるい。
私は二度目を望むことすら許されないのに、栞には当たり前に与えられる二度以上。ずっと惨めなのに、よりいっそう惨めに思えて消えたくなった。
ただの嫉妬。私がただ選ばれなかった魅力のない人間だったってだけなのに、その敵意、悔しさ、惨めさの発散が、彼女に向いた。



