低温を綴じて、なおさないで




あれから矢野さんとは当たり前みたいになにもなかった。私とは違う、名前のついた関係の女の子がいるんじゃないかって受け入れられなくて、サークルには入らなかった。



何度か学内ですれ違った、当然に声なんてかけられなければ、あの日幾度となく結んだ視線は一度も重ならなかった。


きっと矢野さんにとって、私みたいな使い捨ての女の子はたくさんいて、不特定多数のうちのひとり。定期にすらなれなかったモブ未満。


顔すら覚えていないんだろうなと伝わってきて、絶望に支配された。私が一方的に矢野さんを見かけるたびに、目に水分が溜まってしまって表情を保てなくなるのをはやくやめたかった。




よく知らない薄っぺらい関係の、毎日違う男の子たちの家を泊まり歩いていた大学一年の秋。秋風吹いてオレンジが舞う、そんな季節にゼミで一緒になった栞。


栞と出会ったからって私の生活が変わるわけでもなくて、特になにも栞にも言わずに過ごし続けていれば、二年になった夏、栞の口から出たとはとても信じられないような名前が鼓膜を揺らした。



栞が知り合いの紹介で、最近デートを重ねているひとの名前。何気なく聞いた、どんなひとなのか。春くらいに同じ学部の男の子と2ヶ月くらいで別れてから、それらしき話題はなかったから。