空気を伝ってやってきたのは、わたしがよく知る声音だった。いつも明るいその声には、戸惑いが混ざって震えていた。
花が咲いて弾けるような笑顔と声色がない。視界を独占していた直が離れて、振り向いた。わたしの直線上に立ち尽くす小さな影。ここから表情はよくわからないけれどそれが誰なのか、どんな気持ちでいるのかくらいは、わかる。
──ぽつり、一粒の雨が頬に落っこちてきた。
「……茉耶」
ブランコを降りて、柵を跨いで近寄ればすこしずつ表情が見えてくる。今にも本降りになりそうなこの空と同じ表情が乗っかっている。
ほんとうは“今日”着ているはずの、この間一緒に買ったルーズシャツを着ていなかった。



