「え……」
八代の手の力がぎゅうと強くなる。どうして今にも泣いてしまいそうな顔をしているのか、わからなかった。
「星谷くんにだってあるよ、逃げ道」
「え?」
ぽつり、呟やかれたその言葉を拾う。
逃げ道。俺がなりたかったもの、なれたらよかったもの。
それが俺にもあるって? だけど一体、どこにそんなものがあるのだ。好きな本に没頭すること? たしかにその時間は何も考えなくて済むだろうけれど。
それを八代がわざわざ俺に伝えてくるなんて思えなかった。だから尚更、それがどういう意味なのかわからなかった。
「……」
「八代、どうしたの」
「……私を、逃げ道にすればいい」
「え……?」
「さっき星谷くんは、〝すごいこと〟なんて言ってたけど、星谷くんが先生を好きになったのと同じように、私だって……」
「待って八代、どういう意味……」
「、ごめん」
ふたつの瞳が潤んでいくのがわかる。八代はぐっと唇を内側に丸め込んで、何かを我慢しているようだった。
ねぇ、どうして謝るの、八代。
その口から次にどんな言葉が紡がれるのか。たぶん俺は、きちんと聞かなければならないのだと思った。
「八代……?」
名前を呼べば、唇が解かれていく。それから八代の目が、俺を真っ直ぐに捉えた。
「私……ごめんなさい、あのね……私……」
「うん」
ぽろぽろ、目の前で言葉がこぼれ落ちていく。それを漏らさずに全部拾った、その先には──
「…………ずっと、好きなの。星谷くんのことが」
痛くて、くるしい。
もしかして小春ちゃんも、こんな気持ちだったのだろうか。
なんて、この瞬間に他のひとの顔が浮かんでしまう俺も、大概残酷な人間なのだろう。


