「星谷、くん」
声をかけられるまで、全然気がつかなかった。
だんだんと近づいてくる彼をしっかりと目が捉えた瞬間、頭の中でぐるぐると思考が巡る。
なんでここに来たの? どこから聞いてた? どこまで聞かれた?
星谷くんは、全部知って──
「あ、聞こえちゃった? ガールズトークだったのに」
「俺も混ぜてくださいよ」
当たり前のように、その視線は私には向かない。だから私は、途端に空気のようになる。ふたりの会話をぼんやりと眺めることしかできない。
だけど焦っているのはどうやら私だけで、星谷くんも先生も声のトーンは穏やかだった。全てが、自然に見えた。
それは、どうしてか。
「だめだめ。ほら、教室に戻りなさい? 文化祭の準備でしょ?」
先生にそう言われて、「わかってますって」と、ようやく星谷くんの瞳がこちらに向いたから。慌てて前髪を整えるふりをして気持ちを落ち着かせる。
「八代、戻ろ」
「う、ん」
図書室を出る時、「ふたりとも頑張ってね」と、先生が言ってくれた気がしたけれど。よく思い出せないほど、胸の中はいっぱいだった。
「あの、星谷くん……」
教室に向かう途中、前を歩く星谷くんの背中に声をかける。そうすれば、「ん」と振り向いた星谷くんと目が合った。
「あぁ、これから買い出し行くみたいで、八代のこと呼んでくるように頼まれたから」
「違くて、」
「なんて。わかってる、大丈夫」
「え……」
「あのひとさ、まだ好きなんだよ」
何が大丈夫なの、と。そう思っている間に、星谷くんが呟く。そのままぴたりと星谷くんの足が止まって、そうすればやっと、見ることができた。
「好きって……」
「俺の、兄貴のこと」
切なく笑う、星谷くんの普通じゃない、そういう顔を。
「……星谷くん、」
「別れてからもって、どんだけあいつのこと好きなんだろ」
「笑っちゃうよね」と言われたけれど、少しも笑えない。
笑えないよ、星谷くん。
星谷くんは、知っていたんだ。先生に好きなひとがいるんだって。その相手が、先生の元恋人である自分のお兄さんなんだって。
そう頭の中で整理ができてしまった瞬間、うっかりと抱きしめてしまいそうになった。
「まぁ、ひとのこと言えないか」なんて、力なく笑う星谷くんのことを。


