毎回毎回、違う話題で盛り上がる人たちなんだよなあ。 飽きない。
デーサービスで働いてた頃もそうだった。 毎日毎日違う話で盛り上がってた。
でもさ、職員とはほとんど話さなかったし盛り上がらなかったんだよなあ。 不思議だよ。
初代の主任さんは思い切りのいい人で、仕事が終わって暇になると事務所に呼んでくれたりしたっけ。
二代目 三代目はどうも取っ付きにくい人たちだった。
三代目の頃には学生時代と同じような状態になっちゃって、、、。
そうそう。 介護職員だけで毎週飲み会をやってたんだ。 誘われることは無かった。
毎日毎日仕事は30人以上。 終わった頃には汗だくでくたくた。
そして毎年のように給料が下がっていく。 不思議な施設だった。
1999年秋、婦長が真面目な顔で「これから給料は10万円になります。」って言ってきた。
なんでも助成金が終わるから、、、らしい。 変だなって思った。
労働省が出してる雇用調整助成金の他にも何か有ったのかなあ?
兎にも角にもそこまで給料が減るなら続投は無理だと思った。
それで2000年3月に辞職した。 悔いは無かった。
ハローワークは失業保険の手続きに入ろうとした。 自己都合ならふつうはやらないんだけどなあ。
でも担当者は「あそこならやりかねないよ。 だから失業保険の対象に認める。」って言い切った。
就職する時も大変だったんだ。 面接では好印象だったんだけどね。
一週間ほどして施設の園長が電話を掛けてきたんだ。
「現場の職員が不安がってるから採用は無期限延期にしますよ。」
その返事にハローワークも戸惑ってしまった。
ぼくは当時、付き合いの有った市議会議員に話をして動いてもらった。
「あの話は嘘だね。 ハローワークと掛け合って採用させるようにするよ。」
それで使ったのがトライヤル雇用制度だった。
それによって5カ月後、施設は採用を決めたんだ。 大変だったね。
その頃、主任だった中山文子さんはデーサービスに最初から関わってた人だ。
「最初はね、利用者も3人くらいで職員も私一人だったから泣きたかったよ。」
何をしていいのか分からない手探りの中でデーサービスは大きくなった。
そして利用者が70人を越えるまでになった。
マッサージも最初の頃は一人か二人やればいいほうだったのに、いつの間にか30人を越えるまでになった。
その勢いで2000年まで突っ走ったんだ。
「あそこは儲けにならんと見れば簡単に解雇するからね。」 雇用保険の担当者はそう言って笑っていた。
デーサービスで働いてた頃もそうだった。 毎日毎日違う話で盛り上がってた。
でもさ、職員とはほとんど話さなかったし盛り上がらなかったんだよなあ。 不思議だよ。
初代の主任さんは思い切りのいい人で、仕事が終わって暇になると事務所に呼んでくれたりしたっけ。
二代目 三代目はどうも取っ付きにくい人たちだった。
三代目の頃には学生時代と同じような状態になっちゃって、、、。
そうそう。 介護職員だけで毎週飲み会をやってたんだ。 誘われることは無かった。
毎日毎日仕事は30人以上。 終わった頃には汗だくでくたくた。
そして毎年のように給料が下がっていく。 不思議な施設だった。
1999年秋、婦長が真面目な顔で「これから給料は10万円になります。」って言ってきた。
なんでも助成金が終わるから、、、らしい。 変だなって思った。
労働省が出してる雇用調整助成金の他にも何か有ったのかなあ?
兎にも角にもそこまで給料が減るなら続投は無理だと思った。
それで2000年3月に辞職した。 悔いは無かった。
ハローワークは失業保険の手続きに入ろうとした。 自己都合ならふつうはやらないんだけどなあ。
でも担当者は「あそこならやりかねないよ。 だから失業保険の対象に認める。」って言い切った。
就職する時も大変だったんだ。 面接では好印象だったんだけどね。
一週間ほどして施設の園長が電話を掛けてきたんだ。
「現場の職員が不安がってるから採用は無期限延期にしますよ。」
その返事にハローワークも戸惑ってしまった。
ぼくは当時、付き合いの有った市議会議員に話をして動いてもらった。
「あの話は嘘だね。 ハローワークと掛け合って採用させるようにするよ。」
それで使ったのがトライヤル雇用制度だった。
それによって5カ月後、施設は採用を決めたんだ。 大変だったね。
その頃、主任だった中山文子さんはデーサービスに最初から関わってた人だ。
「最初はね、利用者も3人くらいで職員も私一人だったから泣きたかったよ。」
何をしていいのか分からない手探りの中でデーサービスは大きくなった。
そして利用者が70人を越えるまでになった。
マッサージも最初の頃は一人か二人やればいいほうだったのに、いつの間にか30人を越えるまでになった。
その勢いで2000年まで突っ走ったんだ。
「あそこは儲けにならんと見れば簡単に解雇するからね。」 雇用保険の担当者はそう言って笑っていた。



