人間は死ぬ前に深い深い昏睡に落ちる。 その時は何をしているんだろう?
ただただ眠り込んでいるように見えるよね。 ぼくもそう思っていた。
ところがさ、聞いたところによると生まれてからこれまでの記憶を一気に辿っているらしい。
二日か三日の間に全ての足跡を辿るらしいんだ。
やったこと、やられたこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、
良かったこと、嫌だったことを全て辿るんだ。
その中には出会った人も別れた人も居る。
会いたくても会えなかった人、会いたくないのに会ってしまった人も居る。
そんな悲喜こもごもの記憶を辿った後で、それらを記憶の底に仕舞い込んで旅立つ。
だからぼくらの命の底にはいったいどれくらいの記憶が仕舞い込まれているのか分からない。
パソコンの記憶チップなんて到底 命の記憶量には遥かに及ばない。
だって数千億年分の記憶が刻まれてるんだもん。 もしかするとその数千倍の情報量かもね。
そんな過去の記憶を辿りながら今この一瞬の行動を決定してるわけだ。
不愉快なことには激しく怒り、快いことには満足するまで浸っている。
ぼくらの行動は全て過去の情報の中から選び抜いた結果なんだよね。
そして新しく生まれてきた時には過去のことはまったく覚えていない。 覚えている方が不思議だね。
もしもあなたが豊臣秀吉の生まれ変わりだったら? そしてその記憶を鮮やかなまでに覚えていたとしたら、、、?
令和のこの世に生まれたらそれだけでパニックになっただろう。 安土桃山時代とは社会も国も世界もどえらく変わっているんだから。
さてさて今日も久子姉さんに会います。 一週間ぶりですねえ。
「こんにちは。」 「おやおや先生。 待ってたよ。」
いつものように姉さんはぼくらを受け入れてくれました。
そしてね、いつものようにマッサージをするわけです。 「私さあ、能登の生まれなんだよ。」
「そうなの? じゃあ地震は心配だったね?」 「そうなのよ。 元旦に地震に遭うなんてひどいよねえ。」
能登地震の時、早い復興を求める人たちが居た。
でもそれは復旧活動が全て終わってからの話。 最初の数年は復旧をする時。
それも分からないで騒ぎ立てる人たちが居たのにはホトホト呆れ果ててしまったのを覚えている。
そうかと思えば被災地の現状を無視してやいのやいのと騒ぐ人たち、、、。
炊き出しのカレーを食べて喜んでいる人、、、。 何なんだろう この人たちは?
世界的な問題になりかけたのは日本が台湾の救援隊を断った時だった。
「やれ、日本政府が台湾の申し出を断ったぞ!」 意気健康に騒ぐ人たちに政府は冷静だった。
被災地は半島の先端であり大勢の救援隊が押し掛けてもスムーズな活動が出来ないこと。
そして全てが混乱している状況では指揮系統の連携も難しいこと。
さらには輸送ルートが寸断されていて物資搬入もままならないことを挙げて誹謗中傷を防いだのだ。
それから一年。 能登は二度目の冬を迎えている。
「腰の方は大丈夫?」 「まあなんとかなってるけど曲げると足が痺れるんだよね。」
体の状態を聞きながら慎重にマッサージをする。 〈揉めばいいだろう。〉なんてことは無い。
若い人たちなら耐えられることでも高齢者では耐えられないことだって有る。
そこにはやはり専門的な【診る目】が必要なんだ。
しかもそれは熟達するまでにかなりの年月と経験が必要になる。
マッサージってね、やってみないと分からないくらいに奥が深いんだよ。
ただただ眠り込んでいるように見えるよね。 ぼくもそう思っていた。
ところがさ、聞いたところによると生まれてからこれまでの記憶を一気に辿っているらしい。
二日か三日の間に全ての足跡を辿るらしいんだ。
やったこと、やられたこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、
良かったこと、嫌だったことを全て辿るんだ。
その中には出会った人も別れた人も居る。
会いたくても会えなかった人、会いたくないのに会ってしまった人も居る。
そんな悲喜こもごもの記憶を辿った後で、それらを記憶の底に仕舞い込んで旅立つ。
だからぼくらの命の底にはいったいどれくらいの記憶が仕舞い込まれているのか分からない。
パソコンの記憶チップなんて到底 命の記憶量には遥かに及ばない。
だって数千億年分の記憶が刻まれてるんだもん。 もしかするとその数千倍の情報量かもね。
そんな過去の記憶を辿りながら今この一瞬の行動を決定してるわけだ。
不愉快なことには激しく怒り、快いことには満足するまで浸っている。
ぼくらの行動は全て過去の情報の中から選び抜いた結果なんだよね。
そして新しく生まれてきた時には過去のことはまったく覚えていない。 覚えている方が不思議だね。
もしもあなたが豊臣秀吉の生まれ変わりだったら? そしてその記憶を鮮やかなまでに覚えていたとしたら、、、?
令和のこの世に生まれたらそれだけでパニックになっただろう。 安土桃山時代とは社会も国も世界もどえらく変わっているんだから。
さてさて今日も久子姉さんに会います。 一週間ぶりですねえ。
「こんにちは。」 「おやおや先生。 待ってたよ。」
いつものように姉さんはぼくらを受け入れてくれました。
そしてね、いつものようにマッサージをするわけです。 「私さあ、能登の生まれなんだよ。」
「そうなの? じゃあ地震は心配だったね?」 「そうなのよ。 元旦に地震に遭うなんてひどいよねえ。」
能登地震の時、早い復興を求める人たちが居た。
でもそれは復旧活動が全て終わってからの話。 最初の数年は復旧をする時。
それも分からないで騒ぎ立てる人たちが居たのにはホトホト呆れ果ててしまったのを覚えている。
そうかと思えば被災地の現状を無視してやいのやいのと騒ぐ人たち、、、。
炊き出しのカレーを食べて喜んでいる人、、、。 何なんだろう この人たちは?
世界的な問題になりかけたのは日本が台湾の救援隊を断った時だった。
「やれ、日本政府が台湾の申し出を断ったぞ!」 意気健康に騒ぐ人たちに政府は冷静だった。
被災地は半島の先端であり大勢の救援隊が押し掛けてもスムーズな活動が出来ないこと。
そして全てが混乱している状況では指揮系統の連携も難しいこと。
さらには輸送ルートが寸断されていて物資搬入もままならないことを挙げて誹謗中傷を防いだのだ。
それから一年。 能登は二度目の冬を迎えている。
「腰の方は大丈夫?」 「まあなんとかなってるけど曲げると足が痺れるんだよね。」
体の状態を聞きながら慎重にマッサージをする。 〈揉めばいいだろう。〉なんてことは無い。
若い人たちなら耐えられることでも高齢者では耐えられないことだって有る。
そこにはやはり専門的な【診る目】が必要なんだ。
しかもそれは熟達するまでにかなりの年月と経験が必要になる。
マッサージってね、やってみないと分からないくらいに奥が深いんだよ。



