The previous night of the world revolution

「あなたに、頼みたいことがあるの。ルルシー」

その日、俺はアシュトーリアさんから直々に連絡を受けて、彼女の執務室を訪れた。

当時は既に、帝都にある『青薔薇連合会』の本拠地に戻ってきていた。

そもそもあのとき貧民街の近くにアイズ達が来ていたのは、ならず者を捕らえる為の出張任務であり。

普段は、ここ帝都に身を置いている。

それはさておき。

「はい。何でしょうか」

いかなる任務であろうと、恙無く遂行するつもりであった。

電話やメールではなく、わざわざ直接会って話すとは…。きっと、重要な任務なのだろう。

アシュトーリアさんから頼まれた仕事は、俺が全く予想していないものだった。

「長期出張任務よ。帝都にある帝国騎士官学校に、スパイとして潜入してもらいたいの」

「え…」

これには、俺も二つ返事で了承することが出来なかった。

と言うより、驚いたのだ。

潜入任務自体はそう珍しくないものの…。潜入先が、帝国騎士官学校?

件の学校については、俺も一般的な知識くらいはあった。未来の帝国騎士を養成する、貴族の子女が集まる帝国内最高峰の教育機関だ。

そんな学校に、潜入?

「潜入期間は、短くて三年。長くても五年といったところね…。正確には、騎士官学校を経て、そのまま帝国騎士団に入団して欲しいの」

「帝国騎士団に…?」

ますます予想外。

理屈は理解出来る。帝国騎士団は、俺達非合法組織にとってはいつでも目の上の瘤のような存在だ。

だから奴らの懐に潜り込み、弱味を握りたいという気持ちは分かる。実際、それが出来たら『青薔薇連合会』にとっては大金星だ。

『連合会』は国内最大規模の地下組織であり、ルティス帝国経済の根本に根を張り巡らせているから、奴らもそう簡単には俺達を潰すことは出来ない。

むしろそんなことをすれば、俺達を消すことは出来ても、国内経済が崩壊しかねない。

その危険は騎士団も分かっているから、迂闊に手を出してはこない。

微妙な均衡状態の上で、『連合会』と帝国騎士団は、常に睨み合ってきたのだ。

それなのに…その均衡を、敢えて崩すような真似をするとは。

「驚くのも無理はないわね…。私も気は進まないのよ。あなたを敵の巣窟に放り込みたくはないし、そもそも三年も離れるなんて、寂し過ぎるわ」

「は、はぁ」

アシュトーリアさんとしては、俺と離れる寂しさの方が重大事項らしい。

彼女らしい。

「でも、必要なのよ。先日、帝国騎士団の団長が老年で退役して、新しい騎士団長が就任したそうなんだけど」

「そうなんですか」

それは初耳だった。

帝国騎士団は、その秘匿性を守る為、団員の個人情報については一切漏らすことはない。

それを知ることが出来るのは、騎士団内部の人間か…あるいは、俺達のような裏の情報にアクセス出来る者に限られる。

「その男が…随分扱いにくくてね」

アシュトーリアさんは、憂いを帯びた表情で言った。

…成程。

彼女が俺にそのような依頼をしてきた、理由が分かった。