「…これが、正義ですよ」

そんな傷を、彼は初めて見たのだろう。

怯えたような目で、俺の左手首を呆然と見つめていた。

「あんたらが掲げた正義の、成れの果てがこれだ。よく見ると良い、目を逸らさずに!これが、こんなものが正義だって、本当にあんたは言えますか?」

「…っ…」

「これを見てまだ、正義がどうだのと言えるんですか」

ガキとはいえ、帝国騎士団の隊長が、泣き出さんばかりに震えてしまうのだから。

俺は相当、恐ろしい目をしていたのだろう。

「…ふん。下らない」

所詮、覚悟もないガキはこの程度だ。

傷を見せるまでもなかったか?まぁ、他の隊長達にも見せられたから良しとするか。

なんと思っただろうなぁ。ルシェは相変わらず蝋人形だし、さすがのアドルファスも眉間に皺が寄ってるし。

…ま、今更どう思われても良いか。

とにかく、もうこれでここに用事はなくなった。

「そんじゃ、やることもやったし、見るものも見たから俺帰りますよ。色々気の毒ですけど、まぁ自業自得なんで。頑張ってくださいね~」

俺はそう言って、席を立った。

「あとのことは追々、こちらから連絡する。それに従ってくれ」

ルルシーもまた、俺に続いて立ち上がった。

部屋を出ようとした俺達を、呼び止める者がいた。

「待ってくれ。ルシファー殿」

「…あぁ?」

六番隊の、リーヴァであった。

さっきからルシファールシファーと。イライラするからその名前で呼ばないで欲しいんだが。

「何の用です」

「俺は…私は、ずっと貴殿が、犯人だと信じていた。貴殿が冤罪であるとも知らず…。そのことが情けなくて仕方ない。謝ったところで許されるとは思わないが、それでも、申し訳ないと…」

「うざい。喋らないでもらえます?」

「…」

何かと思ったら、最後の最後で不愉快なことをするのやめろよ。

「この期に及んで謝るとか、どんだけ卑怯なんですか?謝って、自分が楽になりたいだけでしょう」

あんたらの謝罪なんて、聞きたくもない。気持ち悪い。

「帰りましょう、ルルシー」

「あぁ」

これ以上ここにいたって何の楽しみもない。

だから帰ろうとした。

それなのに。

「ルシファー!」

まだ、引き留める人がいた。

しかも、その声は。

…あぁ、もう振り向くのがだるい。

「ルシファー、私…私は」

姉…ルシェは、声を震わせながら、その名前を呼んだ。

…振り向くべきなのだろう。彼女は今、俺の言葉を欲しがっている。

あなたを恨んでいませんよ、って。そう言って欲しいのだろうということくらい、俺にも分かる。

…分かるけど。

残念ながら、それをするつもりは微塵もなかった。