The previous night of the world revolution

「…そんなに怯えなくて大丈夫ですよ、ウィルヘルミナさん」

「…」

「あなたを責めるつもりはない。あなたが悪い訳じゃないですからね」

俺は優雅に微笑んで、怯えるウィルヘルミナの頬に触れた。

彼女は、それを振り払いはしなかった。

ただただ、信じられないという目で俺を見つめていた。

「どうして自分にそんな話をするのか、と思いましたよね?」

「…」

「理由は簡単。あなたには、知っていて欲しかった。俺は、あなたが好きですからね」

こんなにも、愛のこもらない告白も珍しい。

馬鹿な女ならこれで騙される。俺が妖艶に微笑めば、大抵の女はそれで虜になる。

けれども聡明なウィルヘルミナじゃ、そうはいかない。

だから、先にこの真実を教えたのだ。

彼女の冷静な心を、乱す為に。

俺に対して、罪悪感を与える為に。

愚かな女だ。彼女また馬鹿な女であったなら、こんなにも苦しい思いをする必要はなかったろうに。

ウィルヘルミナに恨みはない。恨みはないが…彼女にもまた、地獄に落ちてもらう。

「る…ルシファー殿。私は…」

「そんな下衆な名前で、呼ばないでくださいよ」

興が冷めてしまうではないか。

「俺に溺れてしまえば良い。そうすれば全て忘れられる」

俺に対する罪悪感。真実を知ってしまった背徳感。その重さ。

耐えられるものではなかろう。許されたいだろう。全部忘れてしまいたいだろう。

それなら、俺に全部委ねれば良い。

何もかも、俺のせいにしてしまえば良いのだ。

「わ、私は…帝国、騎士団の」

ウィルヘルミナの最後の抵抗は、僅かに残ったプライドだった。

だが、そんなもの俺の前では紙屑も同然だ。

「帝国騎士である前に、あなたは女で、俺は男だ。そうでしょう?」

彼女のおとがいを指先で持ち上げる。もう、抵抗はしなかった。

聡明な彼女のことだ。分かっているだろう。

俺が、自分を利用する為に真実を伝えたことも。利用する為に俺に溺れさせようとしていることも。

分かっているのに、逃げられない。

毒針に刺されたように。甘い蜜に誘われるように。

こんなにも複雑な感情の混じり合った愛が、他にあるだろうか。

最後の最後で、ウィルヘルミナは現実から逃避した。帝国騎士団としてのプライドを捨て、一人の女になった。

かつての同僚への思慕。罪悪感。背徳感。帝国騎士としての誇り。女としての弱さ。

何もかも全てが、溶けるように一緒になって。



溺れて、堕ちた。