海よりも深くて波よりも透明

「なんで辞めちゃったの?」

「それまでもずっと養成所で勉強したりカメラマンのアシスタントバイトしたりしてたんだけど、本格的にプロとしてこの道で食っていきたいって思ったときに、ちょうど台湾行きの仕事が来て、チャンス逃したくなかったんだよな」



なるほどね。



でもなんかわかるかも。



大学でしっかり勉強したい気持ちもすごく大きいけど、自分の夢のチャンスが来たときにどっちを取るかと言われれば、あたしはサーフィンを選ぶ。



サーフィンはあたしそのものだ。



っていうか…。



急に、あることに気づくあたし。



今日、キスされてない。



キス魔神だったのに…。



直接聞いてみた。



「なんで今日チューしないの?」

「…したらそれ以上耐えられなさそうだから」



あ、そういうこと?



あたしとエッチしたいの?



「別にいいのに…」



あたしがそう言ったら、軽くおでこにデコピンされた。



「俺は、きちんと穂風のこと大切にしてえの。他の女とは全然違うから」



瞬間で心臓がぎゅんとなった。



きゅん通り越してもうぎゅんだよ。



そんなの嬉しすぎるじゃん…。



何も言えなくなったあたしは、代わりに一瞬だけ夏葉にぎゅっと抱きついて、すぐに離れた。



「…殺す気か?」



だって嬉しかったんだもん。



夜まで一緒にテレビで映画を見てから、夏葉の車で家に帰った。



自宅前に車が止まる。



「夏葉」

「ん?」

「チューしよ?」



あたしがそう言ったら、夏葉がにやっと笑った。



そしてあたしに一瞬だけキス…。



それだけ…?