捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される

面会時間も大幅に過ぎ、祖父母に挨拶をしてから急いで病院を出た。一泊分の荷物を持ってきたけれど一人で祖父母の家に泊まるのも憚られ、アパートに戻ることにした。

祖父の容態やお見舞いのこと、そしてソレイユのこれからのこと、雄一と話し合わなくてはいけないことはたくさんある。善は急げだ。

雨足は弱まることを知らず、足元を容赦なく濡らしていく。早く帰ってお風呂に入りたいな、等と考えながら家路を急いだ。

アパートは築三十年の古い建物。内装はリフォームされて綺麗だけれど、外観は古めかしい。そんなアパートに雨が降りそそぐと、至る所にあたる雫がザアアと激しい音を立てる。トタンじゃないだけマシだろうか。

玄関を開けたところで違和感に気づいた。

「……誰の靴?」

私のものではない、女物の靴が置いてあるのだ。
心臓がドキリと嫌な音を立てた。

この先に進んだら、雄一じゃない誰かがいる。
雄一と一緒に、女がいる。
誰?誰なの?

それを知りたいようで知りたくない。真実を知るのが怖くて、私は玄関に立ち尽くしたまま、その場から足が動かない。

ふいに話し声が聞こえて我に返った。
甘ったるく可愛らしい猫なで声。私はこの声を知っている。顔を見なくたってわかる。私がずっと雄一との関係を疑問に思っていた彼女の声だもの。

心臓が何かに掴まれているかのように、痛い。
痛くて息ができない。