寝ているね、あれは。
背もたれから横に飛び出ている輝星の後頭部しか見えないけれど、上半身の傾き具合から寝ているとしか思えない。
俺とテニスの試合に出るとわかっていての熟睡だったら、尊敬を通り越して怖すぎなんだけど。
人間に恐怖を与える根源の一つは、他人の心だと思う。
他人の心の中が見えないからこそ、勝手に想像して、勝手に怖くなって、勝手に絶望するんだ。
輝星にこれ以上近づくのが怖い。
卒業まで、お互い顔を合わせなくなる日まで、他人の距離を保っていたい。
完全に恋心を捨てるために。
輝星の幸せを願い続ける王子様でいるために。
流瑠さんは彼氏がテニスをしているところを見たいだけかもしれないが、俺にとっては大問題なんだ。
残りの高校生活を平穏無事に過ごせる希望が、崩れかけているんだ。
俺がテニスの試合に出るのを辞退する?
いやそれは避けたい。
クラスにテニス部は俺しかいない。
全スポーツで優勝を勝ち取りたいと練習に励んでいるクラスメイトの士気を、下げることになりかねない。
輝星が断ってくれないかな。
嫌いな俺と、ダブルスなんて組みたくないよね?
もう二度と、俺と一緒にテニスなんてしたくないでしょ?



