白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

 今度こそロイさんは死んだのだろうか。
 旦那様はどこへ行ったんだろう。

 いや、わたしの予想が間違っていないのなら、初めから旦那様はロイさんだったのだ。

 相変わらず混乱してその場に立ち尽くしていると、背後からのんびりした声が聞こえた。
 
 「まったく、やれやれだな」

 弾かれるように振り返るとそこに立っていたのは旦那様だった。
 栗色の髪にアイスブルーの目、ピンピンした様子で苦笑している。

「死んでなかったんですね?」
「もちろんだ。元々死んでないし、さっき消えたのもただの演出だ。魔物がいくらでもリポップするのと同じシステムだ」
 小声で会話を交わす。
「旦那様はロイさんだったんですか?」
「そうだよ。やっと気付いたか」
 
 やっとも何も、気づくはずないわよ!
 容姿はエルさんのように闇魔法で変えていたのだろうけど、口調も性格も何もかも違うんだもの。
 
 急にどっと疲れが出てきてよろめくと、それを旦那様の逞しい腕が支えてくれた。

「頑張れ、まだ片付けないといけないことがあるだろう?」

 そして笑顔のままわたしの肩を抱いてお宝の前まで進み出た。
 立ち居振る舞いや口調はすっかり元の協会長のそれだ。
「皆さん、お疲れさまでした。これから戦利品の分配を行います。くまー、先程のサイクロプスの……っ! うわっ」

 くまーがいきなり旦那様に得意の左フックをかまそうとしたのだが、避けられて悔しそうにしている。

「おまえ、まだ根に持ってんのかよ」
 旦那様がくまーとわたしにだけ聞こえる声でつぶやいた。

 どうやらくまーは、この人がロイさんだとしっかり認識しているらしい。

 最初の出会いが最悪だったくまーとロイさんとの間に生じた深い溝はその後も埋まることがなく、くまーは事あるごとにファイティングポーズをとってロイさんを威嚇して毛嫌いしていた。
 三回目の会合の前にジークさんを殴った後もくまーがファイティングポーズをとり続けていたのは、ジークさんに対してではなく旦那様に対してだったのかと、ようやく合点がいった。

「くまー、おとなしくしてちょうだい」
 笑いをこらえながらそう言うと、くまーはおとなしくサイクロプスの戦利品を出現させたのだった。
 
 
 通常であればダンジョン1階の山分けスペースで行う戦利品の分配だが、今回は人数と戦利品の多さのためにこのまま広いボス部屋で行うこととなった。
 
 サイクロプスのラストアタック報酬は誰がもらうのかとか、ラスボスのラストアタックはどうなるのかといったちょっとした問題はあったものの、大きな揉め事は起きずに戦利品の分配が終了した。
 サイクロプスのほうはハットリへ、ラスボスのほうはジークさんへそれぞれラストアタック報酬を渡すことで満場一致した。
 
 ここでビアンカさんが明るい声で呼びかけた。
「みなさーん、今日はこのあとうちの酒場にいらしてね。全部会長さんの奢りですって!」

 やったー! とみんなが拳を振り上げて喜んでいる。
 誰一人、離脱することも大怪我を負うこともなく終了したことにホッとして涙腺が緩みそうになった。

「ヴィー、お疲れ様! サイクロプスの斧を封印した絶対防御はさすがだった。大地の亀裂は惜しかったね、奇襲攻撃のタイミングとしては絶妙だったんだけどな」
 近寄って来たエルさんがわたしの手を握り、ニヤつきながら旦那様を見る。

「ヴィーに触るな」
「もうそればっかり、先が思いやられるよ。じゃあまた後でね」

 他の人たちに続いてエルさんとトールさんがボス部屋を出ていくのを見送った。