「上手くいくかな」
「絶対に成功させます!」
旦那様へというよりは、自分自身に向かって言い聞かせるように宣言した。
「大丈夫、きっと上手くいくよ」
エルさんが手をぎゅっと握ってくれた。
じんわりとした熱が伝わってくる。きっと魔力を強化するようなバフをかけてくれたに違いない。
ひらひら舞い落ちて来る花びらを手のひらで受け止めた。
どうか……どうか消えないで!
そう念じながら花びらが飛んで行かないようにもう片方の手で蓋をして、マーシェス侯爵家本宅のお義父様の部屋に置いてあった観葉植物を思い浮かべると、足が地面に沈み始める。
「すぐに追いかけるから」
不安そうな旦那様に笑顔を見せた次の瞬間、わたしはもうお義父様の部屋に移動していたのだった。
転移には無事成功した。
観葉植物の鉢から飛び出してきたわたしを見て、お義父様も、ちょうどその場に居合わせたお義母様もギョッとした顔をしているが、それどころではない。
「お義父様っ!」
ベッドに駆け寄って手を開くとそこにはまだ白い花びらがあった。
それをお義父様の口元に押し付ける。
「お薬です! 飲み込んでくださいっ!」
説明している余裕などなく有無を言わさずではあったが、一応それを信用してもらえるだけの信頼関係は築けていたようだ。
お義父様は素直にそれをこくんと飲み込んでくれた。
しんと静まり返る寝室で、最初に口を開いたのはお義父様だった。
「おお……体がすごく楽になった」
ベッドから起き上がったお義父様の顔色は、具合の悪そうな土気色からみるみる血色のいいものへと変わっていく。
「ヴィクトリアさん、今のは何?」
お義母様がさっぱり分からないといった様子で困惑している。
「お義母様、ダンジョンの花を食べていただいたんです。きっとこれでお義父様は元気になります!」
お義母様が慌てて侯爵家お抱えの神官を呼びに行ったところで、旦那様が魔法陣から登場した。
ああ、やっぱり魔法陣の転移のほうが土から登場よりも数段かっこいい!
「父上、マーシェスダンジョンの初回踏破が完了しました。今朝、とてもきれいな白い花が咲きましたよ」
「そうか、お疲れ様。おめでとう」
これまで立ち上がることもできないほど衰弱していたお義父様がベッドからひとりで立ち上がり、しっかりとした足取りでわたしたちに近づくと、両腕を伸ばしてわたしと旦那様をまとめてぎゅっと抱きしめてくれた。
驚くべきことに、お義父様の病巣は自覚症状が現れる前のごく初期の状態まで小さくなり、本人の体力も劇的に回復した。
あとは定期的に回復魔法をかけて病巣の肥大化を抑えれば元気に暮らしていけるらしい。
神官にどんな方法を使ったのかと聞かれ、口外しないことを約束した上でダンジョンの大樹の花をここまで持って来たのだと言うと、彼も早速休暇を申し出てマーシェス侯爵領へ行ってしまった。
しかし翌日、浮かない顔で戻ってきた彼は「上手くいきませんでした」としょぼくれていた。
どうやらあの花を維持できる手を持つ人間は、わたしだけのようだ。
マーシェス侯爵領で毎日庭の手入れをしていたことが功を奏したのなら、旦那様と庭師のマックに感謝しなければならない。
お義母様は泣いて喜び、感謝しなければならないのはこちらのほうだと何度も言ってくれた。
「わたくしも花びらを食べれば、もしかしたらお肌が若返ったりしたのかしら」
後からお義母様がポロっと漏らすのを聞いて、別の提案をした。
「お義母様、それなら大丈夫です! 特製の泥パックを差し上げます!」
これがきっかけとなり、マーシェス侯爵家の嫁と姑による泥パック製造・販売が一大ビジネスと発展していったのは余談だ。



