○田代家・外観(朝)
2階建て一軒家。
家の前の道路に立つ勇希。
スマホを片手で操作している。
画面。初対面の人との話し方について表示され
ている。
勇希N「あまり自分からは誰かに積極的に話しかける
ことをしない僕にとって、陽馬という存在は言わば
異質な人。どう話しかければいいか、どんな内容の
会話を交わせばいいのか、本当にわからない。真っ
白な状態の紙に、陽馬という人物について、僕は何
を描けるのだろうか」
溜め息を吐く勇希。
そしてゆっくり顔を上げる。
勇希「今頃、何してるんだろうな」
隣の敷地に立つ2階建てのアパートを見る。
勇希N「驚きの事実が判明したのは、昨日の帰り道、
陽馬との会話を交わしているときだった」
○(回想始め)田代家前の道路(夕)
田代家の駐車場。
車が1台停まっている状態。
自宅前に立ち止まる勇希。
そして家を指す。
勇希「僕の家、ここだから」
陽馬は目を丸くさせる。
陽馬「(小さく)うそっ」
口を開けたままの陽馬。
アパートの方向を見る。
勇希も一緒に見る。
陽馬「俺が引っ越してきたの、あのアパートなんだけ
ど」
腕を伸ばし、アパートを指す陽馬。
ニコニコと笑っている。
勇希N「越してきたというアパートには、大家の女性
(60代後半)と、美大生の男性、老夫婦(80代)
が住んでいるだけで、残り5部屋は全て空き部屋と
なっているということを、以前父親から聞いてい
た。空いている一室のどこかに陽馬が越してきたん
だ」
陽馬「まさか、こんな近い距離に同級生が住む家があ
るなんて。こんなことあるんだな」
驚いた表情のまま、嬉しそうに笑う。
勇希「こんなことあるんだね。僕もびっくりだよ」
勇希もにこやかに笑いかける。
が、驚きとともに目を見開く。
勇希「……!」
陽馬「どうした?」
勇希「(小声)アパート横の駐車場に、引っ越し用の
軽トラックが停まっているのを不審に思ってたけ
ど、あぁ、そういうことだったのか」
陽馬は不思議そうに勇希の顔を覗き込む。
陽馬「なあ勇希、そういうことって、どういうこ
と?」
勇希「えっ、あ、もしかして声出てた……?」
陽馬「なんかブツブツ言ってるのは聞こえてたけど、
何言ってたんだ?」
勇希「えっとね、春休み中、僕、部屋の窓からあのア
パートのこと何気なく見てたんだけど、ある日、見
かけない軽トラックは駐車場に停まってるし、荷物
の運搬もしてるようだったから、誰か住む人でも来
たのかなって。アパートに前から住んでる住民以外
に関する情報とか、何も耳にしたこと無かったか
ら、不思議に思ってたんだよね。それが、今日にな
って、それが解消できたって話」
陽馬「なるほど。勇希に話しかけて良かった。ハハ
ハ」
勇希「確かに。話しかけられてなかったら、解消する
のはまだ先だったかもしれないし」
陽馬「そうだな」
アパートの一室から老夫婦の旦那が出てくる。
陽馬は勇希を真正面から見る。
勇希の胸が高鳴る。
陽馬「ねえ、勇希、お願いがあるんだけど」
勇希「えっ、何?」
陽馬「明日から、待ち合わせして一緒に学校行きたい
んだけど、いいか?」
吹く風になびく陽馬の髪。
勇希N「誰かと待ち合わせて学校に行く、そんな人生が僕にも待っていたなんて」
勇希の目がキラキラと輝き始める。
勇希「いいけど、朝七時半には家出て学校向かってる
よ?」
陽馬「大丈夫。俺、早起き得意だから」
陽馬は親指を立ててサインする。
そして、口角を上げてにやける。
勇希「じゃあ、明日ここに七時半に集合でもいい?」
陽馬「あぁ、わかった。じゃ、また明日な」
勇希「うん。また明日」
手を振りながら去っていく陽馬。
そのまま階段を上っていく。
勇希も手を振り返し続ける。
(回想終わり)
○田代家・外観(朝)
そわそわしている勇希。
隣の家に目を向ける。
その家の庭先。
濃いピンクや薄いピンクの芝桜が咲いている。
勇希N「綺麗……」
駆けてくる足音。
陽馬が手を振りながら走ってきている。
陽馬「おはよう!」
勇希はスマホをリュックに入れる。
そして振り返る。
勇希に見える陽馬は、キラキラと輝いている。
勇希「お、おはよう」
笑顔で手を振る勇希。
陽馬「初日から待たせて悪いな」
勇希「いやいや、陽馬が時間ピッタリに来たんだか
ら、気にしないでよ」
陽馬「ありがとな、じゃあ、行こうぜ」
勇希「うん」
○国道(朝)
歩いている2人。
少し距離が開いている。
○歩道橋(朝)
陽馬が勇希に少し身を寄せる形で歩いている。
勇希N「学校はここから徒歩20分の距離にある。自転
車通学も認められてはいるものの、駐輪場が狭いと
いう理由で使用する生徒は少ない。ほとんどの生徒
が徒歩か路線バスを使って通学している。そういう
感じで、決して街中とは言えないこの場所に引っ越
して来た陽馬。そんな陽馬は、周りの景色を眺める
ように歩いていく。歩くスピードは、ほとんど一緒
だった」
信号待ちで止まる2人。
陽馬の顔を見ながら勇希が口を開く。
勇希「陽馬はさ、なんでこの街に引っ越して来た
の?」
陽馬「うーん、今は言えないんだ。でも、タイミング
見て、勇希には真実を話すからさ。それまで待って
て欲しいな」
勇希「そっか。わかった」
カラスが電線の上で濁声を響かせながら鳴く。
仲間がそれに応えるように鳴き返す。
陽馬「転校してきた学校の制服、割と自由だよな」
勇希「そうなのかな。前に通ってた学校の制服と違う
とこ、結構あるの?」
陽馬「あるよ。例えば、前に行ってた学校だと、冬で
も白シャツの上に学ランしか着たらダメだった、と
かな」
勇希「それはキツイね」
陽馬「しかも、学ランの上に羽織っていいのは、冬は
コート、春先はジャンパーだけで、校舎内に入った
ら絶対に脱がされてた。だから、大体の生徒は何も
着ずに登校してたんだよね」
信号が赤から青に変わる。
2人は同じタイミングで歩き始める。
勇希「脱がされるなら、僕も、最初から何も着て行か
ないだろうな」
陽馬「だよな。でも、ここは学ランの下にパーカーと
か、色さえ守ってれば着ることも許されてるだ
ろ? 俺、そういう学生にしかできない格好に憧れ
てたからさ、すげぇ嬉しいんだよな」
勇希「学ランもカッコいいけど、ブレザーの方が僕は
好きなんだよね」
陽馬「俺も。高校こそはブレザーのところに行きたい
んだよな」
勇希「もう進路のこと考えてるの?」
陽馬「俺、そんなに頭良い方じゃないからさ、そこそ
このレベルの高校しか選べないだろうけど」
勇希「ここから一番近くだと、3つ先の街にある高校
は、偏差値もまぁまぁのところで、制服は緑色のブ
レザーなんだよね。しかも、自由な校風でさ、中に
着るカーディガンとか、パーカーとかが色々選べた
はず」
陽馬「緑のブレザーか。いいな、そこ目指そうかな。
将来の夢なんて、そんなもんないし。好きなことも
できそうだし」
自転車に乗る学生が追い越していく。
前からスーツ姿の男性が歩いてくる。
陽馬は勇希の方に身を寄せながら歩く。
勇希「僕も何も考えてないんだよね。全然将来像が見
えないからさ、考えろって言われても困るんだよ」
陽馬「それ、俺も一緒。進路とか言われても困る。そ
の辺決まってる人たちが羨ましい」
ランドセルを揺らしながら走っていく小学生。
大人同士の間をすり抜けていく。
勇希「そう言えば、5月に1回目の進路希望調査する
とか、しないとか。なんか、春休み中に少しは考え
ておくようにって、1年のときの担任が言ってたよ
うな……。あー、何も考えてない!」
陽馬「勇希が考えてないなら、俺1人じゃないってこ
とだ。ラッキー」
白い歯を覗かせて悪戯に笑う陽馬。
勇希も微笑む。
○中学校・2年1組教室
教室内。
1人の女子生徒(島原みみ)が椅子に座ってい
る。
静かに読書している。
後方ドアが勢いよく開く。
勇希「おはよう!」
驚くみみ。
頭を下げる勇希。
勇希「ごめん」
首を横に振るみみ。
勇希は困惑した顔。
勇希N「島原はクラスで一番存在感が薄い。でも、そ
んな島原はとても可愛らしい顔付きをしていて、一
部の男子からは人気がある。そういった意味では、
存在感を発揮しているのかもしれない」
勇希の後ろから顔を覗かせる陽馬。
陽馬「おはよう。島原さん、だよね? よろしくね」
みみは手に持っていた分厚い本を机の上に落と
す。
それを慌てて手に取る。
みみ「よ、よろしくお願いします」
陽馬に対して一礼。
小説を手にしたまま、逃げるように教室から出
て行く。
陽馬「逃げなくてもいいのに。ね、勇希」と
少し首を傾げながら聞く。
勇希M「口調からも、顔付きからも想像ができないよ
うなあざとさを前面に見せるなんて。クールな奴に
は見えないな」
勇希「うん、確かにね。たぶんだけど、島原も陽馬の
カッコよさに見惚れたんだと思うよ」
陽馬「そんなことないよ」
照れ笑いを浮かべる陽馬。
× × ×
(時間経過)
座席に座り、向かい合って話している陽馬と勇
希。
陽馬は満面の笑みを浮かべている。
前方のドアが開く。
話している勇希に近づく成瀬。
勇希が軽く右手を挙げる。
成瀬「おう、勇希」
勇希「おはよ、成瀬」
成瀬「おっ、三好もいるじゃん。よろしくねー」
成瀬は陽馬に右手を差し出す。
陽馬「成瀬君、よろしく」
陽馬は戸惑いつつ握手を交わす。
勇希は眉を顰める。
勇希M「あれ、なんか、胸の奥が痛い……」
陽馬「なあ、勇希?」
勇希M「相手が成瀬だから……?」
陽馬「おい、勇希」
陽馬は勇希の右肩に手を乗せる。
勇希「あっ」
驚きのあまり立ち上がる勇希。
陽馬は目を点にしている。
陽馬「わ、悪い」
勇希「あ、こっちこそ、ごめん。えっと、何か言っ
た?」
陽馬「いや、あの成瀬君ってさ――」
勇希「(かぶせ気味)あっ、成瀬? ああ、あんな感
じだけど、悪い奴じゃないから」
陽馬「ふーん。そっか」
不服そうにする陽馬。
勇希は頭を掻きながら椅子に座る。
× × ×
(時間経過)
賑わいを見せる教室内。
彼方此方から騒ぐ声が聞こえる。
勇希N「時間が経つごとに、生徒が続々と教室に入っ
てくる。クラスの女子のほとんどが、満面の笑みを
浮かべて、陽馬に「おはよう」と挨拶をしていく。
普段、男子と絡むことのない女子までもが、ニコニ
コしながらやってくる。一瞬にして囲まれた陽馬の
姿を、直視することはできなかった。僕はこう心に
誓った。今だけ、今だけ我慢しよう、と」
勇希に近づく千夏。
手を振る。
千夏「おはよー、勇ちゃん」
勇希「お、おはよ」
千夏「勇ちゃん何見てんの? え、まさか、女子?」
千夏は意地悪そうな顔で尋ねる。
焦慮する勇希。
勇希「っんなわけねーだろ!」
千夏「なんだぁ、つまんないなー。てか、どうだっ
た? 私が言ったこと当たってそう?」
勇希N「千夏の言ったことに僕はハッとした。そう言
えば、まだ陽馬の私生活に迫るような質問をしたこ
とがない」
勇希「いや、えっと、その……」
弁明しようと懸命に手振りをする勇希。
千夏は大きな溜め息を吐く。
千夏「今日こそ聞いてよね。勇ちゃん、そういうと
こ、いっつも抜けてるんだから」
勇希「(面倒そうに)はいはい、聞いておきます」
千夏は、勇希の腕を抓る。
そして不敵な笑みを浮かべて去っていく。
勇希「(小声)痛ってえってば。もぉ……」
予鈴が鳴る。
陽馬の周りに群がり続ける女子たち。
勇希、唇を尖らせる。
そして机に突っ伏す。
勇希M「ずるい。僕だってもっと話してたいのに」
本鈴が鳴る。
慌てて着席していく女子たち。
前方のドアが開く。
久保が入ってくる。
久保が着用するネクタイ。
魚がデザインされた派手なもの。
○同・理科室
理科の授業を受けている2年1組の生徒たち。
隣の席に座る勇希と三好。
勇希N「真面目に授業を受けながらも、僕は陽馬のこ
とが気になって、隙あらば横を見てしまっていた。
陽馬は真剣な表情で授業を受けていて、その姿にま
たも惹かれてしまう」
三好は勇希の顔を見つめる。
そして耳打ちするように話しかける。
三好「(小声)勇希、さっきから俺のこと見すぎじゃ
ね?」
勇希「(小声)そ、そうかな……?」
三好「(小声)あのさ勇希、もしかして俺のこと
――」
教員A、三好と勇希の方を指す。
教員A「そこ、私語は禁止だぞ!」
勇希「あっ、すみま――」
三好「(遮って)すいません! 実は分からないとこ
ろがあって、田代君に教えてもらってました」
勇希「えっ」
教員A「そ、そうか」
三好「はい。次から気を付けます」
教員A「お、おう」
○同・体育館・更衣室
室内には男子だけが集う。
体操服に着替えていく。
勇希「陽馬、さっきはありがと」
三好「いいよ。まあ俺も驚いたけど」
勇希「だよね……」
勇希と三好の背後に近づく成瀬。
上裸の状態。
成瀬「あの先生、結構うるさいこと言ってくるから、
気を付けたほうがいいぜ」
三好「そうなんだ。めんど~」
首を出し、袖に腕を通していく三好。
成瀬「だろ? まじ相手にしないほうがマシだから」
三好「分かった」
少しいじけながら着替える勇希。
成瀬に鋭い視線を向ける。
勇希M「勝手に入ってくんなよ」
三好、着替え終わっている勇希の肩に触れる。
三好「勇希、どうした?」
勇希「べ、別に何でもない。あっ、もうすぐ授業始ま
る。急ごっ」
勇希は三好の右腕を掴み、引っ張る。
戸惑いつつ、嬉しそうな三好。
三好「あ、ああ、うん」
○同・2年1組教室
席をくっつけ、向き合いながら給食を食べてい
るクラスメイトたち。
三好は一口ずつ丁寧に、美味しそうに給食を頬
張る。
勇希「(微笑み)給食、おいしいでしょ」
三好は微笑みを返す。
勇希もまた、目を細め、ニコニコと笑う。
三好と勇希の姿を物珍しそうに見つめる千夏。
料理を食べる手を止めている。
千夏の前の席に座るみみ。
不思議そうな目をして尋ねる。
みみ「副島さん、どこ見ているの?」
千夏「なんかあの2人、いい感じの雰囲気だな~っ
て」
みみ「そうですね。田代君も三好君も仲良さそうです
ね」
千夏「そうなんだけどね……」
千夏の視線の先。
とろけた笑顔を三好に向ける勇希の姿。
千夏M「勇ちゃんって、あんな顔もできるんだ」
千夏、パンを小さく齧る。
◯同・図書室
千夏が恋愛小説を読んでいる。
千夏M「なるほど、こうアピールすればいいのか」
◯同・2年1組教室
社会の授業中。
うたた寝する生徒も。
勇希N「昼休み後の掃除を終え、眠気に耐えながら受
ける5時間目。声のトーンをまったく変えず、一定
のスピードで教師が教科書を読むだけの社会」
勇希、俯いて欠伸をする。
三好「(小声)眠いよな」
勇希「(小声)うん、眠い。へへへ」
三好「(小声)俺も。じゃあ、どっちが長く起きてら
れるか勝負な」
勇希「(小声)オッケー」
前の生徒からプリントが配られる。
プリントに文字を記入していく生徒たち。
それを教壇から眺める教員B。
勇希N「重たくなる瞼。閉じていく瞳に映る陽馬の
姿。僕はその陽馬に優しい眼差しを向けたが、目は
瞬間にして丸く、大きく開く。瞳に映ったその姿
は、陽馬ではなく先生だった」
教員B、勇希の机に手を置く。
教員B「田代、今は授業中だろ。寝るなら休み時間に
してくれよな 」
勇希「すいません」
生徒たちの笑い声に包まれる。
その中で、勇希にノートを見せる千夏。
ノートの1ページ。
寝ている勇希の似顔絵が描かれている。
勇希「(口パク)や・め・ろ」
千夏「(口パク)や・だ」
悪戯に笑う千夏。
教員B「お前ら、笑う暇があるなら、授業に集中しろ
よな」
全員「はーい」
一部が軽々しく答える。
陽馬、勇希の顔を見ながら
三好「(小声)俺の勝ち」
目を細めて笑う。
勇希もまた笑みを浮かべる。
勇希N「授業はすぐに再開。眠気を感じながらも、僕
は頬の色んな場所を抓りながら、寝ないように耐え
る。隣では、僕と同じように頬を抓りながら授業を
聞いている陽馬の姿があった。同性なのに、胸はと
きめくばかり」
○同・2年1組教室(夕)
鳴り響くチャイム。
教壇に立つ久保。
久保「今日はここまで」
日直が号令をかける。
久保「このまま連絡事項伝えるから、教室から出るな
よ」
クラスメイトたち「はーい」
久保が話をしている。
メモを取りながら聞く生徒数名。
面倒そうにしている生徒数名。
三好、たまに勇希の方を見て微笑む。
久保「最後に、今から回すこの手紙は、必ず、保護者
の方に渡すこと。勝手に捨てたりしないように」
久保が先頭に座る生徒に手紙を配布する。
順に回されてきた手紙。
春の遠足に関する情報。
久保「今日の連絡事項は終わりだ。明日も元気に登校してくるように。以上」
日直の号令がかかる。
「あのとき俺も寝てたけど、勇希のおかげでバレずに済んだ。ありがとな」
ロッカーに荷物を詰め込む僕に声をかけてきた成瀬。肩から新品と思われるスポーツバッグを掛けている。
「なんだよ、それ。まぁいいや。今日から部活始まるんだろ? 頑張れよ」
「おう、サンキュー」
「じゃ、また明日」
「また明日」
成瀬はサッカー部の仲間らと共に、教室を出て行った。
リュックに教科書を入れている陽馬に声をかける。
「陽馬、お待たせ。帰ろう」
「そうだな」
少し嫉妬しているような表情を見せながら答える陽馬。
「なにかあった?」
「成瀬君とも仲が良いんだね」
「まぁ、小学生の頃からの知り合いだし、一年のときも同じクラスだったから。陽馬も成瀬と仲良くなれると思うよ」
廊下からドア越しにこちらをチラチラと覗いては、キャーキャーと高い声をあげる隣のクラスの女子たち。視線の行く先は僕ではなく、陽馬のようだ。
「いや、俺…いるから」
僕はその女子たちの存在が気になり、陽馬の言ったことが聞き取れなかった。教室では、これ以上会話はできないと思った瞬間、陽馬は自分のことを覗く女子たちの元へ歩を進めていた。
「悪いけど、そこ通る人たちの邪魔になるから退いてもらってもいいかな?」
甘い声を出しながら注意した。女子たちは陽馬の注意を素直に聞き、歓声を上げながらその場を立ち去った。
「ごめん、さっき何て言ったの? 聞き取れなくて」
「ううん、何でもない。気にしないでくれ」
陽馬は僕のことを見ずに答える。僕は気にしないフリをすることにした。カバンを背負うと、教室に残る生徒数名が「じゃあね」と声を掛けてきたため、「また明日」と返事をした。
陽馬に注意を受けて逃げて行った女子たちは、教室を出てすぐに、歩く僕らを追いかけ始めた。
「ねえ、後ろ付いてきてるけど、いいの?」
「ほんとは気になるけど、さっき注意したばっかだから。今日はいいかな」
「陽馬って優しいよね」
「そんなこと言ってくれるの、勇希だけだな」
「え、どういうこと?」
「いいから、早く帰ろうぜ」
「そうだね」
帰ろうとする生徒たちで溢れる玄関。上履きから靴に履き替えていると、陽馬の声で「なにこれ」と聞こえた。声がした方向を見ると、陽馬は一通の手紙を手に持っていた。
「どうしたの?」
「手紙入ってた。俺宛みたい」
追いかけてきた女子たちは、下駄箱の隅から僕らのことを覗いている。その内の一人は胸に手を当てたまま、こちらを見ている。ということは、周りの女子たちは陽馬の気がないということか。
「とりあえず持って帰ったら? ほら、まだ追いかけてきてるから」
「あぁ、そうする」
学校の花壇に植えられた白の芝桜は、一時的に降った雨と燦燦と輝く太陽によって煌めいている。花から落ちる水滴は、儚くも美しかった。
2階建て一軒家。
家の前の道路に立つ勇希。
スマホを片手で操作している。
画面。初対面の人との話し方について表示され
ている。
勇希N「あまり自分からは誰かに積極的に話しかける
ことをしない僕にとって、陽馬という存在は言わば
異質な人。どう話しかければいいか、どんな内容の
会話を交わせばいいのか、本当にわからない。真っ
白な状態の紙に、陽馬という人物について、僕は何
を描けるのだろうか」
溜め息を吐く勇希。
そしてゆっくり顔を上げる。
勇希「今頃、何してるんだろうな」
隣の敷地に立つ2階建てのアパートを見る。
勇希N「驚きの事実が判明したのは、昨日の帰り道、
陽馬との会話を交わしているときだった」
○(回想始め)田代家前の道路(夕)
田代家の駐車場。
車が1台停まっている状態。
自宅前に立ち止まる勇希。
そして家を指す。
勇希「僕の家、ここだから」
陽馬は目を丸くさせる。
陽馬「(小さく)うそっ」
口を開けたままの陽馬。
アパートの方向を見る。
勇希も一緒に見る。
陽馬「俺が引っ越してきたの、あのアパートなんだけ
ど」
腕を伸ばし、アパートを指す陽馬。
ニコニコと笑っている。
勇希N「越してきたというアパートには、大家の女性
(60代後半)と、美大生の男性、老夫婦(80代)
が住んでいるだけで、残り5部屋は全て空き部屋と
なっているということを、以前父親から聞いてい
た。空いている一室のどこかに陽馬が越してきたん
だ」
陽馬「まさか、こんな近い距離に同級生が住む家があ
るなんて。こんなことあるんだな」
驚いた表情のまま、嬉しそうに笑う。
勇希「こんなことあるんだね。僕もびっくりだよ」
勇希もにこやかに笑いかける。
が、驚きとともに目を見開く。
勇希「……!」
陽馬「どうした?」
勇希「(小声)アパート横の駐車場に、引っ越し用の
軽トラックが停まっているのを不審に思ってたけ
ど、あぁ、そういうことだったのか」
陽馬は不思議そうに勇希の顔を覗き込む。
陽馬「なあ勇希、そういうことって、どういうこ
と?」
勇希「えっ、あ、もしかして声出てた……?」
陽馬「なんかブツブツ言ってるのは聞こえてたけど、
何言ってたんだ?」
勇希「えっとね、春休み中、僕、部屋の窓からあのア
パートのこと何気なく見てたんだけど、ある日、見
かけない軽トラックは駐車場に停まってるし、荷物
の運搬もしてるようだったから、誰か住む人でも来
たのかなって。アパートに前から住んでる住民以外
に関する情報とか、何も耳にしたこと無かったか
ら、不思議に思ってたんだよね。それが、今日にな
って、それが解消できたって話」
陽馬「なるほど。勇希に話しかけて良かった。ハハ
ハ」
勇希「確かに。話しかけられてなかったら、解消する
のはまだ先だったかもしれないし」
陽馬「そうだな」
アパートの一室から老夫婦の旦那が出てくる。
陽馬は勇希を真正面から見る。
勇希の胸が高鳴る。
陽馬「ねえ、勇希、お願いがあるんだけど」
勇希「えっ、何?」
陽馬「明日から、待ち合わせして一緒に学校行きたい
んだけど、いいか?」
吹く風になびく陽馬の髪。
勇希N「誰かと待ち合わせて学校に行く、そんな人生が僕にも待っていたなんて」
勇希の目がキラキラと輝き始める。
勇希「いいけど、朝七時半には家出て学校向かってる
よ?」
陽馬「大丈夫。俺、早起き得意だから」
陽馬は親指を立ててサインする。
そして、口角を上げてにやける。
勇希「じゃあ、明日ここに七時半に集合でもいい?」
陽馬「あぁ、わかった。じゃ、また明日な」
勇希「うん。また明日」
手を振りながら去っていく陽馬。
そのまま階段を上っていく。
勇希も手を振り返し続ける。
(回想終わり)
○田代家・外観(朝)
そわそわしている勇希。
隣の家に目を向ける。
その家の庭先。
濃いピンクや薄いピンクの芝桜が咲いている。
勇希N「綺麗……」
駆けてくる足音。
陽馬が手を振りながら走ってきている。
陽馬「おはよう!」
勇希はスマホをリュックに入れる。
そして振り返る。
勇希に見える陽馬は、キラキラと輝いている。
勇希「お、おはよう」
笑顔で手を振る勇希。
陽馬「初日から待たせて悪いな」
勇希「いやいや、陽馬が時間ピッタリに来たんだか
ら、気にしないでよ」
陽馬「ありがとな、じゃあ、行こうぜ」
勇希「うん」
○国道(朝)
歩いている2人。
少し距離が開いている。
○歩道橋(朝)
陽馬が勇希に少し身を寄せる形で歩いている。
勇希N「学校はここから徒歩20分の距離にある。自転
車通学も認められてはいるものの、駐輪場が狭いと
いう理由で使用する生徒は少ない。ほとんどの生徒
が徒歩か路線バスを使って通学している。そういう
感じで、決して街中とは言えないこの場所に引っ越
して来た陽馬。そんな陽馬は、周りの景色を眺める
ように歩いていく。歩くスピードは、ほとんど一緒
だった」
信号待ちで止まる2人。
陽馬の顔を見ながら勇希が口を開く。
勇希「陽馬はさ、なんでこの街に引っ越して来た
の?」
陽馬「うーん、今は言えないんだ。でも、タイミング
見て、勇希には真実を話すからさ。それまで待って
て欲しいな」
勇希「そっか。わかった」
カラスが電線の上で濁声を響かせながら鳴く。
仲間がそれに応えるように鳴き返す。
陽馬「転校してきた学校の制服、割と自由だよな」
勇希「そうなのかな。前に通ってた学校の制服と違う
とこ、結構あるの?」
陽馬「あるよ。例えば、前に行ってた学校だと、冬で
も白シャツの上に学ランしか着たらダメだった、と
かな」
勇希「それはキツイね」
陽馬「しかも、学ランの上に羽織っていいのは、冬は
コート、春先はジャンパーだけで、校舎内に入った
ら絶対に脱がされてた。だから、大体の生徒は何も
着ずに登校してたんだよね」
信号が赤から青に変わる。
2人は同じタイミングで歩き始める。
勇希「脱がされるなら、僕も、最初から何も着て行か
ないだろうな」
陽馬「だよな。でも、ここは学ランの下にパーカーと
か、色さえ守ってれば着ることも許されてるだ
ろ? 俺、そういう学生にしかできない格好に憧れ
てたからさ、すげぇ嬉しいんだよな」
勇希「学ランもカッコいいけど、ブレザーの方が僕は
好きなんだよね」
陽馬「俺も。高校こそはブレザーのところに行きたい
んだよな」
勇希「もう進路のこと考えてるの?」
陽馬「俺、そんなに頭良い方じゃないからさ、そこそ
このレベルの高校しか選べないだろうけど」
勇希「ここから一番近くだと、3つ先の街にある高校
は、偏差値もまぁまぁのところで、制服は緑色のブ
レザーなんだよね。しかも、自由な校風でさ、中に
着るカーディガンとか、パーカーとかが色々選べた
はず」
陽馬「緑のブレザーか。いいな、そこ目指そうかな。
将来の夢なんて、そんなもんないし。好きなことも
できそうだし」
自転車に乗る学生が追い越していく。
前からスーツ姿の男性が歩いてくる。
陽馬は勇希の方に身を寄せながら歩く。
勇希「僕も何も考えてないんだよね。全然将来像が見
えないからさ、考えろって言われても困るんだよ」
陽馬「それ、俺も一緒。進路とか言われても困る。そ
の辺決まってる人たちが羨ましい」
ランドセルを揺らしながら走っていく小学生。
大人同士の間をすり抜けていく。
勇希「そう言えば、5月に1回目の進路希望調査する
とか、しないとか。なんか、春休み中に少しは考え
ておくようにって、1年のときの担任が言ってたよ
うな……。あー、何も考えてない!」
陽馬「勇希が考えてないなら、俺1人じゃないってこ
とだ。ラッキー」
白い歯を覗かせて悪戯に笑う陽馬。
勇希も微笑む。
○中学校・2年1組教室
教室内。
1人の女子生徒(島原みみ)が椅子に座ってい
る。
静かに読書している。
後方ドアが勢いよく開く。
勇希「おはよう!」
驚くみみ。
頭を下げる勇希。
勇希「ごめん」
首を横に振るみみ。
勇希は困惑した顔。
勇希N「島原はクラスで一番存在感が薄い。でも、そ
んな島原はとても可愛らしい顔付きをしていて、一
部の男子からは人気がある。そういった意味では、
存在感を発揮しているのかもしれない」
勇希の後ろから顔を覗かせる陽馬。
陽馬「おはよう。島原さん、だよね? よろしくね」
みみは手に持っていた分厚い本を机の上に落と
す。
それを慌てて手に取る。
みみ「よ、よろしくお願いします」
陽馬に対して一礼。
小説を手にしたまま、逃げるように教室から出
て行く。
陽馬「逃げなくてもいいのに。ね、勇希」と
少し首を傾げながら聞く。
勇希M「口調からも、顔付きからも想像ができないよ
うなあざとさを前面に見せるなんて。クールな奴に
は見えないな」
勇希「うん、確かにね。たぶんだけど、島原も陽馬の
カッコよさに見惚れたんだと思うよ」
陽馬「そんなことないよ」
照れ笑いを浮かべる陽馬。
× × ×
(時間経過)
座席に座り、向かい合って話している陽馬と勇
希。
陽馬は満面の笑みを浮かべている。
前方のドアが開く。
話している勇希に近づく成瀬。
勇希が軽く右手を挙げる。
成瀬「おう、勇希」
勇希「おはよ、成瀬」
成瀬「おっ、三好もいるじゃん。よろしくねー」
成瀬は陽馬に右手を差し出す。
陽馬「成瀬君、よろしく」
陽馬は戸惑いつつ握手を交わす。
勇希は眉を顰める。
勇希M「あれ、なんか、胸の奥が痛い……」
陽馬「なあ、勇希?」
勇希M「相手が成瀬だから……?」
陽馬「おい、勇希」
陽馬は勇希の右肩に手を乗せる。
勇希「あっ」
驚きのあまり立ち上がる勇希。
陽馬は目を点にしている。
陽馬「わ、悪い」
勇希「あ、こっちこそ、ごめん。えっと、何か言っ
た?」
陽馬「いや、あの成瀬君ってさ――」
勇希「(かぶせ気味)あっ、成瀬? ああ、あんな感
じだけど、悪い奴じゃないから」
陽馬「ふーん。そっか」
不服そうにする陽馬。
勇希は頭を掻きながら椅子に座る。
× × ×
(時間経過)
賑わいを見せる教室内。
彼方此方から騒ぐ声が聞こえる。
勇希N「時間が経つごとに、生徒が続々と教室に入っ
てくる。クラスの女子のほとんどが、満面の笑みを
浮かべて、陽馬に「おはよう」と挨拶をしていく。
普段、男子と絡むことのない女子までもが、ニコニ
コしながらやってくる。一瞬にして囲まれた陽馬の
姿を、直視することはできなかった。僕はこう心に
誓った。今だけ、今だけ我慢しよう、と」
勇希に近づく千夏。
手を振る。
千夏「おはよー、勇ちゃん」
勇希「お、おはよ」
千夏「勇ちゃん何見てんの? え、まさか、女子?」
千夏は意地悪そうな顔で尋ねる。
焦慮する勇希。
勇希「っんなわけねーだろ!」
千夏「なんだぁ、つまんないなー。てか、どうだっ
た? 私が言ったこと当たってそう?」
勇希N「千夏の言ったことに僕はハッとした。そう言
えば、まだ陽馬の私生活に迫るような質問をしたこ
とがない」
勇希「いや、えっと、その……」
弁明しようと懸命に手振りをする勇希。
千夏は大きな溜め息を吐く。
千夏「今日こそ聞いてよね。勇ちゃん、そういうと
こ、いっつも抜けてるんだから」
勇希「(面倒そうに)はいはい、聞いておきます」
千夏は、勇希の腕を抓る。
そして不敵な笑みを浮かべて去っていく。
勇希「(小声)痛ってえってば。もぉ……」
予鈴が鳴る。
陽馬の周りに群がり続ける女子たち。
勇希、唇を尖らせる。
そして机に突っ伏す。
勇希M「ずるい。僕だってもっと話してたいのに」
本鈴が鳴る。
慌てて着席していく女子たち。
前方のドアが開く。
久保が入ってくる。
久保が着用するネクタイ。
魚がデザインされた派手なもの。
○同・理科室
理科の授業を受けている2年1組の生徒たち。
隣の席に座る勇希と三好。
勇希N「真面目に授業を受けながらも、僕は陽馬のこ
とが気になって、隙あらば横を見てしまっていた。
陽馬は真剣な表情で授業を受けていて、その姿にま
たも惹かれてしまう」
三好は勇希の顔を見つめる。
そして耳打ちするように話しかける。
三好「(小声)勇希、さっきから俺のこと見すぎじゃ
ね?」
勇希「(小声)そ、そうかな……?」
三好「(小声)あのさ勇希、もしかして俺のこと
――」
教員A、三好と勇希の方を指す。
教員A「そこ、私語は禁止だぞ!」
勇希「あっ、すみま――」
三好「(遮って)すいません! 実は分からないとこ
ろがあって、田代君に教えてもらってました」
勇希「えっ」
教員A「そ、そうか」
三好「はい。次から気を付けます」
教員A「お、おう」
○同・体育館・更衣室
室内には男子だけが集う。
体操服に着替えていく。
勇希「陽馬、さっきはありがと」
三好「いいよ。まあ俺も驚いたけど」
勇希「だよね……」
勇希と三好の背後に近づく成瀬。
上裸の状態。
成瀬「あの先生、結構うるさいこと言ってくるから、
気を付けたほうがいいぜ」
三好「そうなんだ。めんど~」
首を出し、袖に腕を通していく三好。
成瀬「だろ? まじ相手にしないほうがマシだから」
三好「分かった」
少しいじけながら着替える勇希。
成瀬に鋭い視線を向ける。
勇希M「勝手に入ってくんなよ」
三好、着替え終わっている勇希の肩に触れる。
三好「勇希、どうした?」
勇希「べ、別に何でもない。あっ、もうすぐ授業始ま
る。急ごっ」
勇希は三好の右腕を掴み、引っ張る。
戸惑いつつ、嬉しそうな三好。
三好「あ、ああ、うん」
○同・2年1組教室
席をくっつけ、向き合いながら給食を食べてい
るクラスメイトたち。
三好は一口ずつ丁寧に、美味しそうに給食を頬
張る。
勇希「(微笑み)給食、おいしいでしょ」
三好は微笑みを返す。
勇希もまた、目を細め、ニコニコと笑う。
三好と勇希の姿を物珍しそうに見つめる千夏。
料理を食べる手を止めている。
千夏の前の席に座るみみ。
不思議そうな目をして尋ねる。
みみ「副島さん、どこ見ているの?」
千夏「なんかあの2人、いい感じの雰囲気だな~っ
て」
みみ「そうですね。田代君も三好君も仲良さそうです
ね」
千夏「そうなんだけどね……」
千夏の視線の先。
とろけた笑顔を三好に向ける勇希の姿。
千夏M「勇ちゃんって、あんな顔もできるんだ」
千夏、パンを小さく齧る。
◯同・図書室
千夏が恋愛小説を読んでいる。
千夏M「なるほど、こうアピールすればいいのか」
◯同・2年1組教室
社会の授業中。
うたた寝する生徒も。
勇希N「昼休み後の掃除を終え、眠気に耐えながら受
ける5時間目。声のトーンをまったく変えず、一定
のスピードで教師が教科書を読むだけの社会」
勇希、俯いて欠伸をする。
三好「(小声)眠いよな」
勇希「(小声)うん、眠い。へへへ」
三好「(小声)俺も。じゃあ、どっちが長く起きてら
れるか勝負な」
勇希「(小声)オッケー」
前の生徒からプリントが配られる。
プリントに文字を記入していく生徒たち。
それを教壇から眺める教員B。
勇希N「重たくなる瞼。閉じていく瞳に映る陽馬の
姿。僕はその陽馬に優しい眼差しを向けたが、目は
瞬間にして丸く、大きく開く。瞳に映ったその姿
は、陽馬ではなく先生だった」
教員B、勇希の机に手を置く。
教員B「田代、今は授業中だろ。寝るなら休み時間に
してくれよな 」
勇希「すいません」
生徒たちの笑い声に包まれる。
その中で、勇希にノートを見せる千夏。
ノートの1ページ。
寝ている勇希の似顔絵が描かれている。
勇希「(口パク)や・め・ろ」
千夏「(口パク)や・だ」
悪戯に笑う千夏。
教員B「お前ら、笑う暇があるなら、授業に集中しろ
よな」
全員「はーい」
一部が軽々しく答える。
陽馬、勇希の顔を見ながら
三好「(小声)俺の勝ち」
目を細めて笑う。
勇希もまた笑みを浮かべる。
勇希N「授業はすぐに再開。眠気を感じながらも、僕
は頬の色んな場所を抓りながら、寝ないように耐え
る。隣では、僕と同じように頬を抓りながら授業を
聞いている陽馬の姿があった。同性なのに、胸はと
きめくばかり」
○同・2年1組教室(夕)
鳴り響くチャイム。
教壇に立つ久保。
久保「今日はここまで」
日直が号令をかける。
久保「このまま連絡事項伝えるから、教室から出るな
よ」
クラスメイトたち「はーい」
久保が話をしている。
メモを取りながら聞く生徒数名。
面倒そうにしている生徒数名。
三好、たまに勇希の方を見て微笑む。
久保「最後に、今から回すこの手紙は、必ず、保護者
の方に渡すこと。勝手に捨てたりしないように」
久保が先頭に座る生徒に手紙を配布する。
順に回されてきた手紙。
春の遠足に関する情報。
久保「今日の連絡事項は終わりだ。明日も元気に登校してくるように。以上」
日直の号令がかかる。
「あのとき俺も寝てたけど、勇希のおかげでバレずに済んだ。ありがとな」
ロッカーに荷物を詰め込む僕に声をかけてきた成瀬。肩から新品と思われるスポーツバッグを掛けている。
「なんだよ、それ。まぁいいや。今日から部活始まるんだろ? 頑張れよ」
「おう、サンキュー」
「じゃ、また明日」
「また明日」
成瀬はサッカー部の仲間らと共に、教室を出て行った。
リュックに教科書を入れている陽馬に声をかける。
「陽馬、お待たせ。帰ろう」
「そうだな」
少し嫉妬しているような表情を見せながら答える陽馬。
「なにかあった?」
「成瀬君とも仲が良いんだね」
「まぁ、小学生の頃からの知り合いだし、一年のときも同じクラスだったから。陽馬も成瀬と仲良くなれると思うよ」
廊下からドア越しにこちらをチラチラと覗いては、キャーキャーと高い声をあげる隣のクラスの女子たち。視線の行く先は僕ではなく、陽馬のようだ。
「いや、俺…いるから」
僕はその女子たちの存在が気になり、陽馬の言ったことが聞き取れなかった。教室では、これ以上会話はできないと思った瞬間、陽馬は自分のことを覗く女子たちの元へ歩を進めていた。
「悪いけど、そこ通る人たちの邪魔になるから退いてもらってもいいかな?」
甘い声を出しながら注意した。女子たちは陽馬の注意を素直に聞き、歓声を上げながらその場を立ち去った。
「ごめん、さっき何て言ったの? 聞き取れなくて」
「ううん、何でもない。気にしないでくれ」
陽馬は僕のことを見ずに答える。僕は気にしないフリをすることにした。カバンを背負うと、教室に残る生徒数名が「じゃあね」と声を掛けてきたため、「また明日」と返事をした。
陽馬に注意を受けて逃げて行った女子たちは、教室を出てすぐに、歩く僕らを追いかけ始めた。
「ねえ、後ろ付いてきてるけど、いいの?」
「ほんとは気になるけど、さっき注意したばっかだから。今日はいいかな」
「陽馬って優しいよね」
「そんなこと言ってくれるの、勇希だけだな」
「え、どういうこと?」
「いいから、早く帰ろうぜ」
「そうだね」
帰ろうとする生徒たちで溢れる玄関。上履きから靴に履き替えていると、陽馬の声で「なにこれ」と聞こえた。声がした方向を見ると、陽馬は一通の手紙を手に持っていた。
「どうしたの?」
「手紙入ってた。俺宛みたい」
追いかけてきた女子たちは、下駄箱の隅から僕らのことを覗いている。その内の一人は胸に手を当てたまま、こちらを見ている。ということは、周りの女子たちは陽馬の気がないということか。
「とりあえず持って帰ったら? ほら、まだ追いかけてきてるから」
「あぁ、そうする」
学校の花壇に植えられた白の芝桜は、一時的に降った雨と燦燦と輝く太陽によって煌めいている。花から落ちる水滴は、儚くも美しかった。

