この夏、わたしは恋を知る

 ん……首筋がなんだかひんやりする。

 なんだろう?

 目が開かなくて手探りで首元に手をやると、濡れた感触がした。

 ペコッとへこむ感覚もする。これ、ペットボトル?

 少しずつ意識が浮上してきて、ようやく脳の伝達が目にたどり着いて瞼が動く。

 あ、目にも何か乗せられている……これって、ぬれタオル?

 そっとそれを手に取ると、覗き込むようにこちらを見ている紫希くんがいた。

「え? なん、で?」

 わたし、どうしたんだっけ?

 確か、紫希くんと一緒に下校していて、それで……。

 っていうか、この状況って、ひょっとして膝枕⁉

 慌てて起き上がろうとしたら、力強い腕に戻された。

「もう少しそのまま横になってろ」

「で、でもっ」

「無理してまた倒れたらどうするんだ」

「……ごめんなさい」

 実際倒れてしまったんだから、何も言えない。

 恥ずかしいけどこのまま横になることにした。

 腰のあたりに違和感を感じて手を伸ばしたら、水滴がついたペットボトルだった。

 さっき首元で冷たいって感じたの、これかな。

「ここ、どこ?」

「羽衣が倒れたのが公園の近くだったから。ちょうど木陰のベンチもあったし」

 確かに木陰で陽射しは遮られていて、眩しくない。

 どのあたりで倒れちゃったのかな。

 ここまで運んでくるのも大変だったよね……重く、なかったかな。

「やっぱり、寝不足だったのか」

 ため息をついて紫希くんが言う。

「気づいてた、の?」

「そりゃあ、こんな隈作っていればなぁ」

 男の子らしい骨ばった指が、わたしの目元をそっと撫でてゆく。

 いや、ドキンじゃないんだよ、こんなところで。

 ときめいてどうするの、わたし。 

「し、紫希くんって、よく周りに気がつくんだね」

「は?」

 眉をあげて不満そうな顔をするけれど、昨日に比べてその顔はちっとも怖くない。

「だって朝食の時、わたしがトマト嫌いだって、わかったから食べてくれたんでしょう? 顔に出してないつもりだったのにな」

「お前、あれで隠しているつもりだったの?」

 ククッとこらえきれないように笑う紫希くんが、今度はわたしのおでこをツンと指で押した。

「うそ? そんなにわかりやすかった?」

「シワの跡が残るんじゃないかと思ったくらいだ」

「えぇ⁉」

 わたしとしては、完璧なポーカーフェイスのつもりだったのに。

 でも、気づいて食べてくれたの、嬉しかったんだ。

「羽衣こそ、気を遣いすぎ」

「え?」

「琴子さんが言ってただろう? 自分の家だと思えって」

 確かに、琴子さんはそう言ってくれた。

 だけど……。

「いきなりは、無理だよ。面倒見てもらえるだけでも、ありがたいのに」

 ママには最初『一人で平気』なんて言ったけど、冷静に考えたら家事が何一つできなにわたしが、どうやって一ケ月も一人で暮らせるって言うんだろう。

 こんなことなら、洗濯でもお料理でも、一つでも多くお手伝いしておけばよかった。

「甘えておけよ。あの人は世話役のが大好きなんだから」

 確かに。琴子さんは楽しんで面倒見てくれているような気がする。

 お料理も上手だし、なにより笑顔が安心させてくれる。

「素敵だよね、琴子さん」

「まぁ……ちょっとめんどくさいところもあるけどな」

 ため息交じりにいいながらも、いやだと思っていないのは、目を見ればわかる。

 もっと素直になればいいのに。

「もう、起き上がれるか?」

 下校直後は重かった身体も、少し回復したのか、さっきよりはだるくない。

 お腹に力を入れて起き上がろうとしたら、紫希くんが背中を支えてくれた。

「ほら、スポドリ飲んどけ」

 さっき首を冷やすのに使っていたペットボトル、水分補給用でもあったんだ。

 キャップを外そうとするのに、思うように力が入らなくて上手く回せない。

 様子を見ていた紫希くんが、何も言わず横からペットボトルを持っていき、軽々と開けてくれた。

 流れるような一連の動きに思わず目を奪われてしまう。

 そんなわたしの視線に気づいたのか、紫希くんがニヤリと笑った。

「なんだ? 飲ませてほしいのか?」

 怪しげな色気を漂わせる流し目に、思わず胸が騒ぐ。

「じ、自分で飲めるもんっ!」

 紫希くんの手からペットボトルを受け取り、鼓動をごまかすようにスポドリを呷った。