穂谷野は猛然と席を立つと、



「は、支倉さん!消しゴムを拾います!」



と言った。







場の空気を切り裂いて、穂谷野の凛々しい声が響いた。







ハイムは、



「へ?」



という顔で振り返ると、穂谷野が手を伸ばした先にある消しゴムに気が付いた。







「ごめん!気が付かなかった!」







ハイムはそう言って笑うと、自分の手で穂谷野の消しゴムを拾ってあげた。







「はい!」







そして手渡しした。







穂谷野は、







「ありがとう!…支倉さんは家では一日何時間勉強しているの?」







と言った。







ハイムは困ったような仕草を見せながら、







「お風呂以外はずっとだよ!」







と言った。







穂谷野は。唐突に言われた「お風呂」という単語が弾丸のようになって、胸を打ち抜かれたのだった。







穂谷野は、







「…支倉さん!今度少し教えてください!」







と勇気を振り絞って言った。







すると近くにいたセナが、







「先生から『あんまり他人を巻き込むな』って言われているんだ。私達の勉強ってハイレベルだから!」







と屈託なく、気さくに言ってあげた。







ハイムは、







「少しくらいなら良いよ~!」







と言って笑った。











穂谷野は御礼を言うと、颯爽と下校して行った。







穂谷野は帰り道で、







「今日はやった!」







「今日はやったぞ!」







「いけるのかな!!!」







と心の中で叫んでいた。自分など不釣り合いだと思っていたが、ハイムの表情を見ていると、ワンチャンスにワンチャンスを重ねて自分の事を好きになってくれる気がした。ハイムに対する好きの感情は、心臓が口から出るような感覚の高揚というよりは、むしろ穏やかな熱の自家発電だったが、この日を境に大きく耐熱したのだった。







「前田君に負けないくらい勉強が出来るようになるぞ…」







ライバルは前田よしとだった。文武両道で背の高いよしとは穂谷野の明確なライバルだった。







「支倉さんは本当は前田君のような男子が好きだと思うから手繰り寄せないと」







穂谷野はこの日、大きく決心したのだった。