セナは、笑ったまま、
「…私はハイムの足を引っ張っちゃってないかな?…塾の無い日は学校の図書室で一緒に勉強しているけれど」
と言った。
ハイムは、少し驚いて、
「どうしたの?大丈夫だよ…成績がどうとか言い合わずに同じ学校に行きたいって気持ちで私達は仲良しになれたのに…」
と言った。
そして微笑んだ。
セナは、
「社会が同じくらいの偏差値だから、学校で勉強するときは社会にしようよ…」
と言った。
ハイムは、
「…セナがそう言うなら良いよ!」
と言った。
ハイムの存在は、セナには少しプレッシャーかもしれなかった。それでもハイムは屈託なく笑ってセナを励ますのだった。同じ中学から、同じ高校に行きたいとは、強い絆だと考えての事だった。必ずしもそう思わない者もいる中で、ハイムとセナは、そう思うのだった。
セナは、
「よ~し!帰ってご飯食べるぞ~!」
と言った。
そして自転車で帰宅した。夜の闇の中を、二人で走っていき、途中で別れて。
支倉家は、ハイムの遅い夕飯を食卓に残して帰りを待っていた。ハイムは、
「お母さん。日曜日の模試は北条さんのお家が送り迎えしてくれるって言ってるよ」
と言った。母親は、セナの母親から直接電話で聞いた事を伝えると「きちんと御礼を言うように」と言って、温めたオカズを食卓に運んだ。ただ母親の用件は他にもあったのだった。ハイムが夕飯を目の前に手を合わせて、これから食べようとすると、母親は、
「志望校なんだけど、お父さんとお母さんで話し合って、長空北高校より上のレベルにしようって思うの」
と言い出した。
ハイムは「頂きます」の言葉が喉の奥につかえてしまった。長空北高校を受験する事がきっかけとなって、セナと仲良くなったし、前田よしととも話しをするようになったのに。
「もっと上位の都立でないと、旧帝大に合格できそうにないの…」
「お母さん。大学受験は高校生になってからだよ」
「長空北高校は学年3位が筑波大なの。長空北高校でも学年1位になれるの?」
「…うん!なる!なるから!セナと友達でいたい…」
母親は、
「あぁ…そう…」
と言うと、ハイムの人生設計についてクドクドと話し始めた。
ハイムは食べ終わると、自室に籠って塾の復習をした。お気に入りの女性アーティスト・hycoの新曲を片耳イヤホンで聴きながら、ノートをまとめた。
「そういえば今朝、前田君とhycoの新曲の話で盛り上がったんだった。せっかく前田君の馴れ馴れしい所に慣れて来たのに志望校が変わっちゃうんじゃ無駄骨だなぁ…」
そう思って、なんとなく前回の模試の結果を眺めた。5教科で偏差値72。長空北高校の合格圏は67だ。
「前田君は偏差値70くらいだったかな。『高校で絶対にバレーボールを続けたい』って言ってたな…。前田君は長空北高校に行く目的があるんだよね…。私は…」
ハイムは、長空市内で家から近く、少しゆっくり受験勉強をしていても合格出来そうだという理由で、長空北高校を志望校にしていた。ハイムは「ふ~ん」と鼻で息をして、今度前田君から話しかけて来たら何で長空北高校の男子バレーボール部に入りたいのか尋ねてみようと思った。

