……カツ、カツ、カツ、カツンッ…
ゆっくり、ヒールの足音を広い廊下に響かせると、
静かに立ち止まって黒いドアを見つめた。
最上階のフロアにはドアが1つしかなかったため、すぐに彼の部屋だと分かった。
ずっと握りしめている紙袋の紐は少し湿っていて自分が尋常じゃないくらい手汗をかいていることが分かる。
どうしよう、やっぱり急すぎて迷惑じゃないだろうか…
そう、この期に及んで引き返す言い訳を考えてるなんてやっぱりまだまだ意気地なしだと小さく息を吐いた。
彼に一報入れようか、なんてことも一瞬頭に浮かんだけれど、すぐに愛子さんに怒られたときと同じように携帯を自宅に忘れてきたことを思い出して後悔した。
愛子さんがせっかく考えてくれて、雅人さんも協力してくれた作戦。
「(もう思い切るしかないっ…、)」
そう、漸く決心をして。
胸に手を当てて深く深く呼吸して、
彼に今一番に伝えたいことを頭の中で何度も復唱して。
私の大好きな笑顔を思い浮かべながら、そっと呼び鈴を押した。



