he said , she said[完結編]

助手席の瞳子は言葉少なだ。
男との一泊旅行を承諾したことの意味が今さらながら身に迫っているのか。

空が黄昏に染まるころ、今夜の宿に到着した。
エントランスロビーに一歩足を踏み入れると、瞳子はしばし言葉を失って立ちつくしていた。
この宿の琉球畳が幾何学模様に敷かれた様式の美しさは、やはり別格だ。
以前訪れたことがある直弥だが、あらためて良いものは良いと感じさせられる。

ここは日常を忘れ非日常を過ごすための場所なのだ。瞳子の心の(かせ)も外れることだろう。
部屋からは箱根連山を一望することができる上に、客室露天風呂がついている。ゆったり二人の時間を深めることができるのだ。

部屋に入るとボストンバッグをベッド脇に置き、瞳子は窓辺に立って夜に沈む前の景色を名残惜しそうに眺めていた。
「きれい」とつぶやいて、嬉しそうにこちらを振り向いてみせる。

さっそく近寄り、彼女を後ろから抱きすくめた。
華奢な体型であるのに柔らかな弾力があるのが女性の不思議なところだ。

「瞳子が喜んでくれるなら来てよかったよ」
耳元にささやきを注ぐ。

瞳子はくすぐったそうに身をよじった。耳たぶが紅く染まっている。