【Quintet】

 時には学校帰りの彼女を待ち伏せて食事に誘ったり、入手困難な海外オーケストラの来日公演のチケットを手配して美琴を招待した。
人気俳優のプライドと自負があった吉岡は、自分からのアプローチを美琴が嫌がるはずがないと思っていた。

けれど美琴は吉岡の好意を受け入れなかった。ファンとして応援してくれるのは嬉しいがそれ以上の関係を望まれても困る、吉岡の恋人になる気はないと吉岡を突っぱねたのだ。

 その頃、すでに美琴の隣には葉山行成がいた。美琴は行成しか見ていなかった。

度重なる吉岡のアプローチに靡《なび》かずに美琴は音大在学中に行成と結婚、大学を卒業してすぐに娘の沙羅を出産した。

 ヴァイオリニストの美琴も女性としての美琴も、結局一度もこの手で掴めなかった。
10年前に美琴が死去しても、美琴に恋い焦がれた気持ちだけが成仏できずに吉岡の心を浮遊している。彼女の演奏も彼女自身も愛していた。

 憎い恋敵の葉山行成も今ではビジネスパートナー。そして今度は行成と美琴の娘が悠真と交際している。

どうして母娘揃って恋人にギタリストを選ぶのだろう。沙羅と悠真が、美琴と行成に重なってますます面白くなかった。

面白くはないが、葉山美琴の忘れ形見のピアニストと自分が手塩にかけて育てたギタリストの交際を見守ってやろうとは思う。

『葉山美琴の忘れ形見のピアニストか……』

 影ながら見守ってきた美琴の娘のピアノを久々に聴いてみたい。

吉岡が最後に沙羅の演奏を耳にしたのは、沙羅が高校生の時に出場したピアノコンクールだった。沙羅は入賞はできなかったが、吉岡の心を強く動かした音色は優勝者の演奏ではなく沙羅の演奏だった。

 葉山沙羅のピアノには人の心を揺さぶる力がある。母親と同じ、心の奥を震わせる音色だ。
来年の日本音楽大学の演奏会に出向いてみよう。もちろん悠真達には内緒で。