【Quintet】

『そんな不安そうな顔しないで。心配いらないよ。それよりも沙羅は試験の練習しないとね。今回もベートーヴェンあるんだろ? 受からないと冬休みやって来ないよー?』
「うっ……。思い出させないで……」

 12月には冬季休暇前の試験がある。課題曲はショパンの〈革命のエチュード〉、ベートーヴェンの〈テンペスト〉、自由選曲はシューマンの〈パピヨン〉。
沙羅は今回も苦手なベートーヴェンに悩まされていた。

『あの時、キスしてごめん。泣いてる沙羅見てたら気持ち抑えられなかった。まだ沙羅が好きだって改めて自覚したよ。未練タラタラでカッコ悪いよな』

 星夜の手のひらがそっと沙羅の頭に添えられた。優しいブルーグレーの瞳に見つめられていると泣きたくなった。けれどここで泣けばまた星夜の気持ちを乱してしまう。

好きな人とその恋人が同じ家にいる。もしも自分がその状況に置かれて、堪えられる自信も覚悟も沙羅にはない。

「私と一緒に暮らすの……辛い?」
『正直、辛い。だけど沙羅と一緒に住めなくなるのはもっと辛いかも。いつかは俺達も離れて暮らす日が来ると思う。でも一緒に居られるうちはこのまま……。この家で沙羅と過ごしたい』

 悠真と恋人関係を深める一方で、星夜と海斗を傷付けている。でも星夜と海斗が離れていくのは寂しくて、二人に恋人ができても今はまだ笑顔で喜べない。

恋が友情になるには時間が必要だ。2ヶ月で友情に変えられる程度の気持ちなら、星夜も海斗も沙羅もこんなに苦しまなかった。

 泣くのを必死に我慢している沙羅の顔が星夜の胸元に押し付けられた。

『ハグとおでこにチューくらいは許して欲しいなー。家族なんだし?』
「私はやっぱりハグも恥ずかしい……」
『キスしてる仲なのにハグで照れてる沙羅、かーわーいいーっ! じゃ、いってきまーす』

沙羅の額に軽くキスをして星夜は颯爽と玄関を出ていった。