【Quintet】

 彼女の身体は冷たかった。冷えた指先は震え、服も湿り気があった。雨に濡れて帰宅して着替えもせずにピアノを弾いていたのだろう。

『温かいお茶飲んで、それから風呂入ろう。身体冷えたままだと風邪引くよ』
「……星夜はどうして私を好きになったの? 私には……何もないのに……」

血色のない唇が悲しく呟く。震える声に溢れた涙は嵐に怯える子どもと同じ。

「私には何もないっ……! 葉山行成と葉山美琴の娘の肩書き以外のものが私にはない! 私は……」

 感情を爆発させて泣き叫ぶ沙羅のひやりと冷たい唇を無理やり奪った。小さな身体を強く抱き寄せ、彼女の顎を掴んで固定する。

星夜に捕食されて沙羅は逃げられない。唇と唇が角度を変えて何度も接触した。

「……星夜……! 待って!」
『待たない』

 息をする暇も与えずに星夜は沙羅を籠絡《ろうらく》していく。抵抗の意思で固く閉じていた彼女の唇を舌先でなぞり、吐息が吐き出された一瞬の隙に星夜は彼女の中に入り込んだ。

沙羅の涙が染み込んだ唇を自分の唇で覆い隠し、逃げ惑う舌を絡めとって捕まえた。

 星夜の体温が移された冷たい唇は熱を宿し始める。たくしあげられたスカートから覗く青白い太ももは、星夜の手の体温を吸って血色の色を取り戻した。

抱き締めても二度と背中には回してくれない沙羅の手は、これが精一杯だと言うように星夜の胸元に遠慮がちに添えられていた。