【Quintet】

 昼過ぎに降り始めた雨が金曜日の東京を冷たく濡らす。渋谷駅を出た沙羅は折り畳みの傘を開いてスクランブル交差点を横断した。

「葉山沙羅さんですよね」

 公園通りの交差点で信号待ちをしていた沙羅は後ろから名前を呼ばれて振り向いた。
ビニール傘を差した女が真後ろに立っている。張り付けた笑顔が嘘くさい。

「並木出版の北山と申します」

無理やり押し付けられた名刺に記載された所属はStarteen《スターティーン》編集部。
Starteenはティーン向けファッション誌だ。

先月に美月の家に泊まった時、美月の13歳の妹がこの雑誌を読んでいて今の中学生に人気のモデルや俳優を教えてくれた。

「父への取材でしたら父の会社を通してください。私は何も……」
「いいえ。今日はお父様のお話ではないんです。沙羅さんがどんな方か、お会いしてみたかったの」

 これまでも何度か音楽プロデューサーの父への取材依頼を目的に、家の前で待ち伏せしている報道関係者はいた。

しかし出版社の人間から取材を受けるほど娘の沙羅の知名度はない。音大の学生の身分ではピアニストとしての実績もまだまだだ。