【Quintet】

 沙羅も一度だけレストランでピアノ演奏のバイトをした経験はある。

「沙羅が同居のこと話してくれた時に私も話そうと思ったのに、言えなかった。彼女がいる人と付き合ってるって知られたら沙羅にどう思われるのか怖かった」
「びっくりはしたけど……私が織江を嫌いになると思ったの?」

 織江が頷いた。彼女の滲んだ瞳には過ぎた日々の後悔と消したくても消えない情念が浮かんでいる。

「このまま内緒にもできたんだ。別れたんだから誰にも知られずに、なかったことにしたかった。でもなかったことにはできなくて……。なかったことにしないために沙羅だけには知っていて欲しかった。沙羅の側なら泣ける気がして……ごめんね」

夕焼け色の涙は傷付いた織江から溢れた心の血。震える背中を丸めて泣き出した織江を沙羅は両手で包んだ。

「好きだった。大好きだった」
「うん」
「彼にとっては遊びでも私は……大好きだった……」
「……うん」
「……もう、どうして沙羅まで泣くのよぉ?」
「だって……織江が……泣いてるからぁ……」

 泣き笑いになった織江が涙が止まらない沙羅をあやしている。これではどちらが励ます立場かわからない。

「はぁーっ。これで沙羅に秘密はなくなった。すっきり」

心の汚泥を涙と一緒に流した織江の表情は晴れ晴れとしていた。赤と紫のグラデーションの空の下に二つの影法師ができている。