「坊っちゃま」

「うわっ!」
「うげっ!」


「……いお、うげ…はないわ」

「や、やっぱり…?」


冷静に突っ込まれて、かなり恥ずかしい。



「飯田か。驚かせるなよ」

「大変失礼いたしました。坊っちゃまたちが、こちらのお部屋に入るのが見えましたので」


「…父さんは?」

「旦那様は気づいてらっしゃいません」

「そうか」


え?
今、旦那様って言った!?


まさか、暁おとが帰ってきたの!?
暁斗くんが何も言わなかったから、今日は大丈夫なのかなってちょっぴり思ってた。



「わわわ…私どうしましょう。あっ!すぐここ出ます」

「は?今何時だと思ってんの?てか、出なくていいから」

「だって!」

「いいから。落ち着け」


私がここにいるのを知られたら、絶対暁斗くんが怒られる。
なにか大変なことになるかもしれない。

これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。



「いお。とりあえず俺の部屋来い」

「え!?」

「ないとは思うけど、いきなりいおの部屋に入る可能性もゼロではないからな」

「そうですね。伊織様がいらっしゃるお部屋はゲストルームですので、万が一ですが何かのご用事で旦那様が入られる可能性がございます」


そ、そんなぁ〜。。


「飯田も今から来い」

「かしこまりました」



どうしよう。


「いお?何トロトロしてんだ、行くぞ」

「えっと…」


言えない


「いおは何も気にすることないから」

こんな優しく言ってくれているのに


「いお?」


だけど、もう我慢出来ない




「トイレ…漏れそう」


「「・・・・」」




トイレを無事済ませて、手を洗いながら我にかえる。


あんな深刻な場面でトイレ発言をした私。

暁斗くんも飯田さんも、なかなかのフリーズしてたなぁ。

そりゃ、あのタイミングは引くわな。



自分に嘆きながらトイレを出ると、暁斗くんと飯田さんが待っていてくれた。


「お前って緊張感ねぇな」

「返す言葉がありません」


「あはは!いいんじゃね?いおらしくて」


やっぱり、出会った頃とは少し違う。
笑ってくれることが増えた気がする。


私の自惚れかな?


「父さんに見つかる前に部屋戻るぞ」

「はい」


ていうかさ、冷静に考えてみたんだけど


同じ家にいて見つからないように、とか、すごいことじゃない?

私が住んでたアパートなんて、家の外出てもすぐ見つかるレベルだわ。


この家でかくれんぼしたら何日か逃げれそうだなー、なんて考えてる私はやっぱり緊張感がないんだろうな。





バタンッ

なんとか無事3人で暁斗くんの部屋に着いた。


「父さん、ここに帰ってくるの明後日じゃなかったか?」

「はい、そのように伺っておりましたが急遽先程お帰りになられました。本当は本日と明日は別邸に帰られるご予定だったはずです」


別邸。。
さっきからわんさか出る、お金持ち限定の会話。



「そうか。いつまでこっちにいるんだろうな」


やっぱり私が出ていった方がいい。
絶対その方がいいに決まってる。



「ところで…飯田、いおにどこまで話してんだ?」


え!?


「申し訳ございません。私が勝手に伊織様にお話しいたしました」

「え!違うの!飯田さんは私のために…!」

「いおに聞いてない」


怒ってるの!?
飯田さんに怒るのは筋違いだよ!

飯田さんは私や暁斗くんのために話してくれたのに!



「私がただ勝手にお話ししただけなのです。旦那様がお家柄などを気にされる方だと…なのでお引越しもしていただいたと……」

「チッ…お前、口軽いんだよ」

「大変申し訳ございません」


違う!!


「ち、違います!!飯田さんは私や暁斗くんのことを思って話してくれたんだよ!?だから、私はダンスも諦めず頑張ることが出来た…元はと言えば私が原因なんだし、飯田さんを責めないでください!」


私は深々と頭を下げた。


「伊織様…」


飯田さんを許してください。



「別に責めるつもりねぇよ。飯田は昔からこんな奴だから」

「え…?」

私はゆっくりと頭を上げる。



「ガキん時から一緒だからな。ウザイぐらいに」

「坊っちゃま、お言葉が悪うございます」

「は?でも、いおに勝手に話したことは一応怒ってんだぞ」

「承知しております」



あ…そっか。

そうだよね。

今のふたりのやり取りを聞いてから、痛いぐらいに伝わる。
強い信頼関係があるってことが。
羨ましくなるほどの。



「よかったぁ……」


「お前今日はもう寝ろ」

「え、でも暁おとについて何か作戦会議するのでは!?」

「アキオト?なんだそれ」


は!!
つい口が滑った!!


「いいから寝ろ。時給三分の一にするぞ」

「それは絶対嫌!!」


でもさぁ…


「ここで…寝るんですか?」

「ベッドが嫌なら床で寝ろ」

お、キモ野郎に変身したな。



「もういいです!ベッド占領しちゃいますからね!」

「うるさい、黙れ」


こんなこと言いながら、私を先に寝かせてくれるんだからなぁ。。
暁斗くんだって、絶対疲れてるのに。



「私…やっぱり心配で寝れそうにないです」

「何も心配しなくていいから」

「でも…」




——2分後——


「すぴー」


「何が【心配で寝れそうにない】だよ」


ベッドに入った瞬間、爆睡じゃねぇか。



サラッ
いおの髪を撫でる。


やっぱ、父さんの話し知ってたか。
あんなに頑張ってくれたんだな。


なんだ、この気持ち。
俺はどうしてあの時ーー…