「伊織、本当に申し訳なかった。謝って済むことじゃないが、謝るしか出来ない……」
なんだか今の自分の気持ちがわからない。
心がモヤモヤして悔しくて…涙が出てくる。
「もう…お前たちの前に現れる気はないから安心しろ」
あぁ、やっぱり勝手だ。
「あの…ちょっといいですか?」
しばらく黙っていた暁斗くんが話しだした。
「お父さんさ、むっちゃ勝手っすね?話聞いててムカついてしゃーないっすわ」
暁斗くん!!??
少しずつ俺様が出てますよ!!??
暁斗くんの言葉に驚いて涙も引っ込んだ。
「きみには関係ないだろ」
「は?関係大有りっすわ。今いおは俺と付き合ってんすよ。俺の大事な彼女を苦しめる奴は誰だろうと許さないんで」
「…きみのようなお金持ちにリストラにあったサラリーマンの気持ちなんかわからないさ」
「ちょっとお父さん!暁斗くんになんてこと…!」
ん?
リストラ!?
「リストラ…?」
「…あぁ。急なリストラでな、あの頃再就職を探しまくったが全然見つからなくて…でもお前たちにはどうしても言えなかった。心配をかけたくなかったし、しょうもないプライドもあったと思う」
知らなかった、あの頃のカケラが少しずつ見えてくる。
「ある日耐えられなくなったんだ。無職なのに、朝スーツを着て仕事を行くフリをする自分や状況に。そしたら…その夜家にあるお金や通帳の貯金を出来る限り用意して、次の日の朝…家を出たんだ」
そうだったんだ…
「でも、それは【逃げ】ですよね?」
暁斗くん!?
「あぁ、完全に私の逃げだ」
「ほんとに大切なら、死に物狂いで足掻いて…それでも守ろうと俺は思います」
暁斗くんの言葉1つ1つが胸に刺さって、私の涙腺を緩める。
「お父さん…暁斗くんはほんとに“そういう人”だよ。だから、私やお母さんや晴が今もこうして笑って生きていられるの」
しばらく続く沈黙。
「いお、ちゃんと自分の気持ちを言えよ」
沈黙を破ったのは暁斗くん。
そして、そう言って部屋を出て行った。
「伊織…本当にすまなかった」
直視出来ていなかったお父さんの姿。
今ちゃんと見ると、歳をとってて…痩せたかな?
「今は…どうしてるの?」
不思議とこんな言葉が出た。
「県外にある工場で働いてる。来月から昇給することも決まってな」
「そうなの!?それはすごいね!」
あ。
今無意識に喜んでた。
また冷静になって、お父さんと距離を作る。
「…やっぱり言ってほしかったよ」
「え?」
「リストラのこととか…全部言ってほしかった。一緒に乗り越えたかったよ」
「あぁ…悪かった……」
でも、わかったこともたくさんある。
「でもさ…あの頃お父さんが私たちに言えないような雰囲気を私たちが作ってたのかなとも思った…。お父さんに頼りっぱなしだったね」
「違う…。親に頼るのは当たり前の話だ」
許せないよ。
家族を簡単に捨てた人のことなんて。
そして平気で今現れてさ。
やっぱり嫌いだし。
「私、今日お父さんが来たのってお金がほしいって言ってくるんじゃないかと思ってた」
「そんなことあるわけないだろ!?…でも、そう思われるようなことをしてしまってたんだよな」
「…そういうことだね」
あれ?
私、今ちょっと笑ってる?
「お父さん、私やっぱりまだまだお父さんを許せないし嫌い」
「わかってる。許してもらうつもりはないから」
「…でも元気で生きてくれててすごく嬉しかったから…」
もし、お父さんに会ったら…って考えたこともあった。
怒鳴りまくって、許すもんかって思ってた。
お母さんの体も悪くなった原因もお父さんだし。
なのに、今私はなんて言った?
「伊織……」
「お母さんと晴に…私から話してみる。もし…お母さんたちが会うって言ったら会わせてあげるけど…」
お父さんは泣いていた。
初めて見たお父さんの泣いている姿。
もしかしたらあの時も、お父さんは泣きたかったのかもしれない。
だけど、泣けなかったのかもしれない。
「これは…お父さんが持ってて」
私は封筒をお父さんに返した。
「お母さんたちに話したら…また連絡するから」
私たちは連絡先を交換した。
そしてお父さんは暁斗くんたちに挨拶をしてから帰っていった。



