薄氷の城

 神はさらに見続けた。
 自分の授けた白い花の行方を。三カ国の騎士や兵士、貴族たちが探し続けること数年。険しい山や未踏の渓谷など三カ国の隅々までを探し続けたが幻白花(ファントム・ブルーム)を見つけることは出来なかった。人的にも金銭的にも負担が大きくなりすぎたため、アルドマルジザットは幻白花の捜索から降りてしまった。
 エシタリシテソージャとエパナスターシの両国は捜索を引き続き行う事にして、更に数年探した。結局、通算十年以上も探し続けたが、幻白花は見つからなかった。
 探し続けても見つからない事に苛立ったエシタリシテソージャの王は、扇動者であったエパナスターシの大公が幻白花を隠し持っているのではないかと疑い始めた。
 エシタリシテソージャが、エパナスターシへ攻め入る準備をしていることに気が付いたエパナスターシの大公は、兵士に命令し、国中の白い花を全て刈り取って枯らしてしまった。その事に怒ったエシタリシテソージャの王は騎士にエパナスターシの国民を虐殺するよう命令を出した。こうして、無辜(むこ)の民の命が失われた。
 神は嘆いた。たかが白い花のために、なんの罪もない大勢の人々が殺されてしまったと。
 そして、神は憤怒した。
 

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「本当に…本当にそんなことがあったのですか?ならば、なぜ…なぜ、歴史に何も残っていないのですか?」
「怒った神は、乱獲と大量虐殺を行なった、エパナスターシとエシタリシテソージャから幻白花に対する記憶も記録も全て消し去ってしまったの。そして、白い花自体も咲かないようにしてしまった。幻白花の消失と共に、神の加護もなくなってしまい、精霊の加護も受けづらくなり、結果的に更に魔力を弱めることになってしまった。」

 リオが、落としていた視線をユリアーナに戻すと、彼女の瞳からは大粒の涙が零れていた。リオは、細やかなアイリスの刺繍が施されたハンカチをユリアーナに渡した。

「アルドマルジザットは、乱獲と大量虐殺には関わらなかったから、幻白花の記憶はなくなったけれど、神の加護がなくなったわけではなく、魔力が弱くなることもなかった。記憶を消された国は、この幻白花争奪戦のことを、世界大戦と記録しているみたいね。その後の三カ国のことは、きっと私より貴女の方が知っていると思うけれど…」


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 神は見限った。
 エシタリシテソージャは、魔力が弱くなった原因が、神の怒りなどとは知る由もなく。魔力を得るために、隣接国から王女を妃に迎えるなどしたが、本来ならば橙以上の魔力を持った子が生まれるはずの場合でも濃い黄色程度の魔力しか得ることが出来なかった。
 神の加護や、精霊の加護を疎かにしたエシタリシテソージャの行いは神を失望させるのに十分だった。
 

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「エパナスターシと同君国としていた我が国は、エパナスターシを王国として独立させることを布告し、そこからプリズマーティッシュとエパナスターシの国交は途絶えてしまったらしいの。」
「外遊の前に、周辺国の歴史のことを再び勉強しようと、様々な書物を読み返しました。私の生家、フェルバーン家は、エパナスターシ大公の末裔であるので、ライブラリーには建国より以前の史書なども所蔵しています。そのどれを読んでも世界大戦辺りの史実を書いたものがなくて…なぜ、縁あるプリズマーティッシュと我が国が国交を断絶してしまったのかも、分からずじまいでした。色々と不可解なことも多く…。」

 気を落ち着かせるために、ユリアーナは紅茶を一口飲んだ。

「しかし、陛下。幻白花の秘密を私に話してしまって良かったのですか?」
「だって、貴女は、始めから幻白花を知っていたでしょう?」
「…はい。存じておりました。」
「他の家族や、お友達たちはどう?その物語や幻白花のことを知っている?」

 ユリアーナは、何か思い当たる事があったようで、リオの目をじっと見つめた。

「妹や、義弟(おとうと)、父や母も何度も物語の話しをしているのですが、いつも話しを忘れていて…興味のないものはそう言うものだと思っていましたので、深くは考えておりませんでしたが。」
「きっと、貴女がここでの話しをご家族にしても彼らの記憶には留まってはいないでしょうね。」
「もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 リオは笑顔で頷いた。

「私に、伝えたいこととは、幻白花の」

 リオは、 ‘そこで、なのだけど’ と前置きをして、

「幻白花をご覧になる?」
「見られるのですか?」
「私も最近気が付いたの。王宮に咲いているのよ。ひっそりとだけれど。ご覧になる?」


∴∵

 
 二人は、王宮の庭に出ていた。

「貴女だけ、庭に誘い出すなんて出来ないから、皆が競技場に行っている時しかなくて…。」

 そう言って、庭の奥の方へどんどんと進んでいき、コンサバトリーの裏まで来た。

「公爵夫人をこんなところまで連れ込むなんて、人の目があったらできなものね。これよ。」

 リオが指さしたのは、八重咲きのデイジーのような、コロンとした形の小さな白い花だった。確かに、道ばたに咲いていれば名もない花として見過ごしてしまいそうだった。
 リオは、花のそばにしゃがみ込んで草丈十五㎝ほどの花を触った。すると、白い花は不思議な虹色の光を放った。ユリアーナはそれをじっと見つめた。

「この花は、虹の女神にしか摘むことが出来ないと言ったでしょう?」

 ユリアーナもその隣にしゃがんで、返事をした。

「魂を宿した私の体では摘むことが出来ないそうなの。でも、女神の体を持った貴女なら、この花を摘んでも大丈夫なんだそうよ。」

 リオは、振り返り、後ろに控えていた侍女に何か合図した。

「ありがとう。リナ。」

 侍女が手渡したのは、園芸用のグローブとシャベルだった。

「幻白花をひと株、エパナスターシへ持って帰って。」
「しかし、我が国に白い花は…」
「大丈夫。これは、貴女の城に根付きます。そして、これからは他の白い花も根付くでしょう。しかし、幻白花に対する記憶は戻りません。神の怒りはまだ完全に収まってはいないようよ。」

 リオは、ユリアーナにグローブとシャベルを渡した。

「貴女の手ずから株分けをして、城に植えてちょうだい。そうすれば、枯れずに根付き、今後エパナスターシの王都に神の加護も与えられます。リナは、園芸店の娘なの。根を傷付けないで株分けをする方法を丁寧に教えてくれるわ。リナ、お願いね。」

 リオはそう言うと、リナと位置を代わった。ユリアーナは、グローブをする前に、リオの方へ向いた。

「陛下は、どうしてこの様なことまでして下さるのですか?エパナスターシのことは、陛下の与り知らぬことでございましょう?」
「なぜ…と聞かれてもねぇ。これからエパナスターシに住む人々が幸せであって欲しいと願うからかしら。」

 その後、ユリアーナが株分けをした幻白花は、小さな鉢植えにして、ユリアーナの宿となっている離宮に運ばれた。