「残ってくれてありがとう。」
「いいえ。陛下。」
お付きの侍女や護衛の騎士さえも部屋から出し、二人っきりの部屋で、ユリアーナはリオと顔をつきあわせていた。ユリアーナは、無作法と分かりつつ、何故かリオから目が離せなかった。
「出過ぎたことと存じますが、陛下。」
「何でしょう?」
「マリーナ様は何かしらの処分をされてしまうのでしょうか?」
「我が国では、別段罰を受けることはしていないのでね、注意だけでとどめますけれど…」
「けれど?」
「王太子のウルバーノは、愚鈍な人間ではないから、そちらから何かあるかもしれないわね。我が国にもヴァセラン子爵とやらの企みが噂として入るほどなのだから、彼は上手く立ち回れていないのじゃないかしら?どのみち、子爵の謀は失敗に終わるでしょう。」
リオは、ユリアーナに向けてニッコリと穏やかに笑った。
「本当は結婚三十周年の祝いは大げさに行なうつもりはなかったのだけれど。貴女に伝えたいことがあるからと、ある人に頼まれて。それで、記念式典を隣接国を招いて執り行うことにしたの。それならば、今まで国交が途絶えた国の公爵夫人も招くことが出来るでしょう?」
ユリアーナは、曖昧に笑った。
「ただ、こうして貴女を目の前にじっと見ていると何だか不思議で、涙が溢れてしまいそう。貴女は、虹の女神の神話を知っている?」
「はい。幼い頃、その神話を元にした絵本をよく読んでいました。今も持っています。この世界を作ったとされる女神様だったと記憶しています。」
「えぇ。そうです。その話しは、そのまま我が国では建国神話となっています。天界から下りてきた女神は一人の青年と出会い、一緒に旅をしながらこの世界を作った。そして女神から力を分け与えられた青年は王となり、その世界を治める。彼と女神には六人の子どもがいて、この世界を六つの大陸に分けてそれぞれ子どもに分け与えた。そして二人の長男が治めたのがこの大陸だった。それが我が国の建国神話の冒頭です。…もし、貴女がその女神の生まれ変わりだと言われたら貴女は信じる?」
∴∵
神は見ていた。
自分の愛した女性が下界でどのように生きていたのかを。魔力の強い人間は、弱い人間よりも加齢による身体機能の低下が緩やかで比較的長生きではあるものの、病気を患わないわけでも、不老なわけでもない。下界に降りた虹の女神も、その理に抗うことが出来ず、最期の時を迎えようとしていた。
神は悔やんだ。天界にいれば不死の身であったのに、彼女は儚くなってしまう。神とは言えど、人の生き死にに関わることは法度となっている。
そして考えた。死ぬことが避けられぬのなら、また再び彼女を生まれさせれば良いと。天文学的な月日を費やし神は彼女を生まれ変わらせようとしたがしかし、全く同じ人間を作り出す事は出来ず、魂と肉体はバラバになった。
時間や空間を超越し、魂は日本の早崎里桜として、体はエパナスターシ王国ユリアーナ・フェルバーンとして蘇ることになった。
∴∵
「そう言われたら、どうかしら?」
ユリアーナは、瞬きをするのも忘れ、リオに見入った。
「神はね、虹の女神のことがどうしても諦めきれず、泉を作り、彼女がいつでも帰って来られるようにと、天界と下界を結ぶ虹の橋まで架けたのよ。虹の女神に対する神の執着は余程強かったのでしょうね。」
リオはリナの淹れたハーブティーをゆっくりと飲んだ。
「私は、日本からこの国に呼ばれ、貴女と会うことができた。とても不思議な気分よ。普通に考えたら、あるはずのないことだと思うのだけど、私もそう説明されても半信半疑でいたのだけれど、沢山の人の中に貴女がいても埋もれずに私は貴女を見つけることが出来た。こうして目の前にいると何だか胸に迫る思いがあるのよ。」
「恐れながら、陛下。実は私も、何故か陛下へ懐古の思いがあるのです。初めてお目にかかるはずですのに、謁見の時から何故か陛下から目が離せませんでした。突然のお話しで、まだ全てを理解しきることは出来ておりませんが、この思いが、その証明なのかもしれません。」
リオは、嬉しそうに微笑んだ。
「では、神話に出てくる、幻白花はご存知?」
「イーリスが自分の力を青年に分け与えるときに渡した白い花の事ですね?」
「そうです。本当に、神話が元となったその絵本が好きなのですね。」
「今はもう知る人もいなくなってしまった物語なのですが、我が家のライブラリーの隅にあったのを見つけてから、今でも時折見返しております。」
「実は、幻白花は実在する花なのですよ。」
「そうなのですか?」
ユリアーナは、手にしていたティーカップをゆっくりと置いた。
「この世界全ての大陸にひっそりとその花は咲いているの。見た目には道ばたに咲いている雑草のようにも見えるけれど、季節を問わず、どんな極寒の地でさえも一年中花を咲かせている不思議な花なのですって。見つけるのはとても困難で、幻白花と名付けられたそうなの。そして、他の花と違うことがもう一つ。その花は、神が女神への贈り物としてこの世界に咲かせた花なの。」
∴∵
神は見ていた。
自分の愛した女性が下界でどのように生きているのかを。彼女は活発に下界を旅して回った。泉を湧かせ、緑を増やし、人も増えた。
神は苛まれた。自分の元を離れ、より輝く彼女を見て。自分のことを忘れて欲しくない神は下界に花を植えた。ほんの少しの神の加護を付けて。
彼女が造った世界が、神の加護でより栄えるようにと。そして、彼女が自分を忘れず、感謝し続けてくれるようにと。
彼女はその花を株分けし、様々なところへ植えた。その地は栄え、世界はさらに豊かになった。
∴∵
「幻白花には不思議な力があり、持ち主の魔力が花に宿り、それを渡された相手は、元の持ち主と同じ魔力を得られるの。例えば、今の貴女は魔力を持たない状態だけれど、私が持った幻白花を貴女に渡すと、貴女は私と同じ魔力を得られるの。」
「本当にそんな花があるのですか?」
「えぇ。実際に咲いているのよ。だけれどね、幻白花は女神にしか摘むことを許されていないの。」
「もし、摘んでしまったらどうなるのですか?」
「…例えば、その地には二度と幻白花が咲かなくなるとか、かしら。」
「つまり、神のご加護をいただけなくなる、と言う事ですか?」
「そうね。そんな不思議な力がある花だから、過去にそれを巡って争いも起きたそうなのよ。」
「この世界でですか?」
「この大陸で。」
ユリアーナは、自分の記憶から知識を呼び起こしてみたが、そんな戦争がこの大陸で起ったなどと記憶になかった。
∴∵
神は見ていた。
人々の争いを。今から七百余年前、この大陸は、ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンと言う超大国と、その同君国としてエパナスターシ大公国があり、建国したばかりのエシタリシテソージャ王国とその他に、ゲウェーニッチ王国、ドォウノケシ王国、小国のアルドマルジザット王国などがあった。
隣国同士の領土争いは絶えず起っていたが、何国間にも及ぶような、大戦は数百年は起っていなかった。特に、プリズマーティッシュクルウレンとエパナスターシ大公国は、虹の女神の末裔が残っており、とても強い魔力を誇っていて、この二カ国を巻き込むような戦争は起きていなかった。
しかし、エパナスターシは現大公が子宝に恵まれなかったこともあり、この先に魔力が弱まっていくのではないかと密かに焦っていた。そこで、口伝ではあるが、信じられてきた幻白花を手に入れ、大公の魔力を宿した花を大公の後継者に持たせようと目論んだ。
その動きに気付いたエシタリシテソージャ。この国もまた、魔力の急激な低下に頭を悩ませていた。
ステアク王国として召喚していた救世主が隣国ラウトルフト王国に現れた上級の魔獣を討伐し、ステアクがラウトルフトを侵略する事に成功したが、その混乱に乗じて起ったステアクのクーデターによりステアクとラウトルフトの王族の殆どが命を落とし、召喚されていたステアクの救世主も新政府によって殺害されていた。そのせいでエシタリシテソージャには本来王族ならば持っているとされている赤の魔力を持つ者がいなかった。
そこで、数十年前にエパナスターシの公女が嫁いでいたアルドマルジザットを取り込み、三カ国で幻白花を探すことにした。
∴∵
「我が国にも、魔力を誇っていた時代があったのですか?少なくともそのような記載がある史書を私は読んだことがありません。」
「魔力を持っている事が当たり前の時は、特筆する必要はないと考えるのでしょう。幻白花をめぐる話しはもう少し続くのよ。」
「いいえ。陛下。」
お付きの侍女や護衛の騎士さえも部屋から出し、二人っきりの部屋で、ユリアーナはリオと顔をつきあわせていた。ユリアーナは、無作法と分かりつつ、何故かリオから目が離せなかった。
「出過ぎたことと存じますが、陛下。」
「何でしょう?」
「マリーナ様は何かしらの処分をされてしまうのでしょうか?」
「我が国では、別段罰を受けることはしていないのでね、注意だけでとどめますけれど…」
「けれど?」
「王太子のウルバーノは、愚鈍な人間ではないから、そちらから何かあるかもしれないわね。我が国にもヴァセラン子爵とやらの企みが噂として入るほどなのだから、彼は上手く立ち回れていないのじゃないかしら?どのみち、子爵の謀は失敗に終わるでしょう。」
リオは、ユリアーナに向けてニッコリと穏やかに笑った。
「本当は結婚三十周年の祝いは大げさに行なうつもりはなかったのだけれど。貴女に伝えたいことがあるからと、ある人に頼まれて。それで、記念式典を隣接国を招いて執り行うことにしたの。それならば、今まで国交が途絶えた国の公爵夫人も招くことが出来るでしょう?」
ユリアーナは、曖昧に笑った。
「ただ、こうして貴女を目の前にじっと見ていると何だか不思議で、涙が溢れてしまいそう。貴女は、虹の女神の神話を知っている?」
「はい。幼い頃、その神話を元にした絵本をよく読んでいました。今も持っています。この世界を作ったとされる女神様だったと記憶しています。」
「えぇ。そうです。その話しは、そのまま我が国では建国神話となっています。天界から下りてきた女神は一人の青年と出会い、一緒に旅をしながらこの世界を作った。そして女神から力を分け与えられた青年は王となり、その世界を治める。彼と女神には六人の子どもがいて、この世界を六つの大陸に分けてそれぞれ子どもに分け与えた。そして二人の長男が治めたのがこの大陸だった。それが我が国の建国神話の冒頭です。…もし、貴女がその女神の生まれ変わりだと言われたら貴女は信じる?」
∴∵
神は見ていた。
自分の愛した女性が下界でどのように生きていたのかを。魔力の強い人間は、弱い人間よりも加齢による身体機能の低下が緩やかで比較的長生きではあるものの、病気を患わないわけでも、不老なわけでもない。下界に降りた虹の女神も、その理に抗うことが出来ず、最期の時を迎えようとしていた。
神は悔やんだ。天界にいれば不死の身であったのに、彼女は儚くなってしまう。神とは言えど、人の生き死にに関わることは法度となっている。
そして考えた。死ぬことが避けられぬのなら、また再び彼女を生まれさせれば良いと。天文学的な月日を費やし神は彼女を生まれ変わらせようとしたがしかし、全く同じ人間を作り出す事は出来ず、魂と肉体はバラバになった。
時間や空間を超越し、魂は日本の早崎里桜として、体はエパナスターシ王国ユリアーナ・フェルバーンとして蘇ることになった。
∴∵
「そう言われたら、どうかしら?」
ユリアーナは、瞬きをするのも忘れ、リオに見入った。
「神はね、虹の女神のことがどうしても諦めきれず、泉を作り、彼女がいつでも帰って来られるようにと、天界と下界を結ぶ虹の橋まで架けたのよ。虹の女神に対する神の執着は余程強かったのでしょうね。」
リオはリナの淹れたハーブティーをゆっくりと飲んだ。
「私は、日本からこの国に呼ばれ、貴女と会うことができた。とても不思議な気分よ。普通に考えたら、あるはずのないことだと思うのだけど、私もそう説明されても半信半疑でいたのだけれど、沢山の人の中に貴女がいても埋もれずに私は貴女を見つけることが出来た。こうして目の前にいると何だか胸に迫る思いがあるのよ。」
「恐れながら、陛下。実は私も、何故か陛下へ懐古の思いがあるのです。初めてお目にかかるはずですのに、謁見の時から何故か陛下から目が離せませんでした。突然のお話しで、まだ全てを理解しきることは出来ておりませんが、この思いが、その証明なのかもしれません。」
リオは、嬉しそうに微笑んだ。
「では、神話に出てくる、幻白花はご存知?」
「イーリスが自分の力を青年に分け与えるときに渡した白い花の事ですね?」
「そうです。本当に、神話が元となったその絵本が好きなのですね。」
「今はもう知る人もいなくなってしまった物語なのですが、我が家のライブラリーの隅にあったのを見つけてから、今でも時折見返しております。」
「実は、幻白花は実在する花なのですよ。」
「そうなのですか?」
ユリアーナは、手にしていたティーカップをゆっくりと置いた。
「この世界全ての大陸にひっそりとその花は咲いているの。見た目には道ばたに咲いている雑草のようにも見えるけれど、季節を問わず、どんな極寒の地でさえも一年中花を咲かせている不思議な花なのですって。見つけるのはとても困難で、幻白花と名付けられたそうなの。そして、他の花と違うことがもう一つ。その花は、神が女神への贈り物としてこの世界に咲かせた花なの。」
∴∵
神は見ていた。
自分の愛した女性が下界でどのように生きているのかを。彼女は活発に下界を旅して回った。泉を湧かせ、緑を増やし、人も増えた。
神は苛まれた。自分の元を離れ、より輝く彼女を見て。自分のことを忘れて欲しくない神は下界に花を植えた。ほんの少しの神の加護を付けて。
彼女が造った世界が、神の加護でより栄えるようにと。そして、彼女が自分を忘れず、感謝し続けてくれるようにと。
彼女はその花を株分けし、様々なところへ植えた。その地は栄え、世界はさらに豊かになった。
∴∵
「幻白花には不思議な力があり、持ち主の魔力が花に宿り、それを渡された相手は、元の持ち主と同じ魔力を得られるの。例えば、今の貴女は魔力を持たない状態だけれど、私が持った幻白花を貴女に渡すと、貴女は私と同じ魔力を得られるの。」
「本当にそんな花があるのですか?」
「えぇ。実際に咲いているのよ。だけれどね、幻白花は女神にしか摘むことを許されていないの。」
「もし、摘んでしまったらどうなるのですか?」
「…例えば、その地には二度と幻白花が咲かなくなるとか、かしら。」
「つまり、神のご加護をいただけなくなる、と言う事ですか?」
「そうね。そんな不思議な力がある花だから、過去にそれを巡って争いも起きたそうなのよ。」
「この世界でですか?」
「この大陸で。」
ユリアーナは、自分の記憶から知識を呼び起こしてみたが、そんな戦争がこの大陸で起ったなどと記憶になかった。
∴∵
神は見ていた。
人々の争いを。今から七百余年前、この大陸は、ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンと言う超大国と、その同君国としてエパナスターシ大公国があり、建国したばかりのエシタリシテソージャ王国とその他に、ゲウェーニッチ王国、ドォウノケシ王国、小国のアルドマルジザット王国などがあった。
隣国同士の領土争いは絶えず起っていたが、何国間にも及ぶような、大戦は数百年は起っていなかった。特に、プリズマーティッシュクルウレンとエパナスターシ大公国は、虹の女神の末裔が残っており、とても強い魔力を誇っていて、この二カ国を巻き込むような戦争は起きていなかった。
しかし、エパナスターシは現大公が子宝に恵まれなかったこともあり、この先に魔力が弱まっていくのではないかと密かに焦っていた。そこで、口伝ではあるが、信じられてきた幻白花を手に入れ、大公の魔力を宿した花を大公の後継者に持たせようと目論んだ。
その動きに気付いたエシタリシテソージャ。この国もまた、魔力の急激な低下に頭を悩ませていた。
ステアク王国として召喚していた救世主が隣国ラウトルフト王国に現れた上級の魔獣を討伐し、ステアクがラウトルフトを侵略する事に成功したが、その混乱に乗じて起ったステアクのクーデターによりステアクとラウトルフトの王族の殆どが命を落とし、召喚されていたステアクの救世主も新政府によって殺害されていた。そのせいでエシタリシテソージャには本来王族ならば持っているとされている赤の魔力を持つ者がいなかった。
そこで、数十年前にエパナスターシの公女が嫁いでいたアルドマルジザットを取り込み、三カ国で幻白花を探すことにした。
∴∵
「我が国にも、魔力を誇っていた時代があったのですか?少なくともそのような記載がある史書を私は読んだことがありません。」
「魔力を持っている事が当たり前の時は、特筆する必要はないと考えるのでしょう。幻白花をめぐる話しはもう少し続くのよ。」


