ユリアーナは、喜劇でも見ているのかのように突然大笑いを始めたリオを唖然としながら見守っていた。隣に座るマリーナは腹立たしさを浮き出させていた。
「テレーザ、王妃になろうって人が…それでは全くなっていないじゃない。」
「継母上。」
テレーザは、小さな子供が失敗を指摘されたときのように、赤くなりながらリオに何かを抗議している。ユリアーナはその姿を見て、怒りなどではなく恥ずかしさのためだろうと思った。そしてやはり、二人には自分が思っていたより遥かに深い絆と信頼関係があるのだろうと感じていた。
テレーザは、笑いが落ち着いたリオにもう一度小声で何かを抗議してから、気を取り直し、マリーナの方に向いた。
「マリーナ様、私の産みの母のこと、貴女は私のことをおもんぱかり、教えてくれたのよね?」
「もちろんで、ございます。」
「いや…ね、少し小耳に挟んだのだけれど、最近エシタリシテソージャでは、プリズマーティッシュと友好関係を築こうとしている現王太子のウルバーノ殿下を軟派で王には不適格だとする強硬派が台頭してきている…とか。その旗振り役の一人が貴女の父であるヴァセラン子爵、だなんてお話し、ただの噂話よね。まぁ、噂話なんていうのは、いくらでも尾ひれが付くものですものね。」
テレーザは、ニッコリ笑って、気品溢れる姿で紅茶を飲んだ。マリーナの斜向かいに座っていたリオは、彼女の方を見て優しく微笑んだ後に、口を開いた。
「ヴァセラン子爵令嬢、些かやり過ぎてしまっているみたいね。あの計算高いウルバーノ王太子が、物事を深く考えない、軽はずみな人間を外遊の共にするはずがないでしょう?その事を考えると、本当の貴女はもっと要領が良く、抜け目のない人なのでしょうね。今回のこの機会に最近友好国として絆を深めつつあるゲウェーニッチとプリズマーティッシュに多少の亀裂を入れておきたいとか、プリズマーティッシュとエシタリシテソージャが万が一にも争いを起こしたとき、エパナスターシにはエシタリシテソージャの支持に回るよう布石を打ちたいとか。思いは色々あったのでしょうけれど。」
「ユリアーナ殿下は、煩わしいことに巻き込まれてしまったわね。エパナスターシが婦女子が学ぶことを良しとしない因習があることに目を付けたのかしら?彼女なら、自分が吹き込んだことを信じ込むとね。」
テレーザは ‘どちらでも良いのだけれど’ 、と小さく呟いてから、
「私は、私の母アリーチェが廃妃された事や、自分が王籍から外された事の全ての経緯を知っています。もちろん全てを聞いたのは大人になってからでしたが。」
「殿下。この国の言い分を全て信じ込むのは、危険ではございませんか?良くお考え下さい。」
マリーナは、身を乗り出さんばかりの勢いで、テレーザに食ってかかった。
「この国の方たちは最後まで子細はお話し下さいませんでした。けれど、私が幼いときにプリズマーティッシュで亡くなったと聞かされていた母が、実はエパナスターシの修道院で暮らしていたのです。そして、その母が身を置いた修道院で亡くなるとき、私に手紙を残したのです。そこには、私の身分をなくしてしまった事への謝罪と、父上を心からお慕いしていたこと、しかし父上がお心の全てを差し出しても構わないと思うほど愛おしんでいらしたのは王妃陛下ただお一人であったこと、その事が全ての動因であったこと、事が起ってから長い年月を経て、反復して考えた今だからこそ自分の過ちが本当はなんであったのか認めることが出来たことなど母の心うちの一切が書いてありました。当事者の言葉ですから、これ以上の真実などありはしないでしょう?それとも、マリーナ様はこれよりも詳しい事実をご存知なのかしら?」
何か言い返したいのだろうが、言い淀んでいる。
「両陛下は、母へ何度も生きていることを私へ知らせてはどうかと言っていたようです。しかし、母はそれを最後まで頑なに拒んだ。だけれど、自分の死期を悟り、両陛下に対する謂れのない噂などが私の耳に及ぶことを危惧したのです。死んでしまってからでは、自分の気持を私に伝えることは出来ない。だから、自分の死後に私の元へ手紙が届くようにしたのです。」
マリーナへ今度はリオが話しかける。
「あぁ、そう言えば、ヴァセラン子爵令嬢聞きたいことがあるのだけれど。貴女のお父上が旗振り役となって、現王太子のウルバーノを王位継承権の第一位から引きずり落とし、王位継承権の第二位を持つマルコ殿下が王太子になったとします。それでも、貴女のお父上はそのまま貴女を庇護してくれると思っていて?それとも、マルコ殿下が立太子した暁には、貴女を王太子妃にするとでも言っていたのかしら?」
「…父上は…。私こそが王妃に相応しいと…。」
リオは、消え入りそうな聞き取れないほどの小さな声で話すマリーナに笑顔を向ける。
「あら、貴女ご存じないの?マルコ殿下がご結婚なさったこと。」
マリーナは、驚きのあまり、顔が強ばっている。
「貴女も、四十歳も年上の男性と結婚してまで、そんなに王妃になりたかったの?」
「マルコ殿下は、独身のはずでは?」
今度はハッキリと聞こえるが、声は震えている。
「数年前にご結婚なさって、ジェラルドと言う、可愛いお子様まで授かったそうよ。お相手は、ヴァセラン子爵の庶子で三十歳のジェンマ様だと聞いているわ。」
「そんな…。」
「マルコ殿下は、齢六十。政変が起り、王位を継いでもそう長くはないでしょう。その後をジェラルド殿下が継いでも、まだお若い。お父上は、外祖父として、摂政の座に就かれるのかしらね。あぁそうだった。そんなことより、エシタリシテソージャでは、私と同じ日にこちらへ渡ってきた救世主のトシコ様と陛下との悲恋を演劇にしていらっしゃるそうね。エシタリシテソージャでは大変流行ったとか。私も是非に見せて頂きたくて近々劇団をエシタリシテソージャから招こうと考えているのよ。」
「継母上、そうなのですか?私も観劇したい。いつ頃の予定なのです?」
「一国の王太子妃がそんなに頻繁に国を渡ってこられるわけがないでしょう。諦めなさい。」
「でも、エリザベートがやっと結婚を承諾したのでしょう?それに合わせて下されば、私も見られるのでは?」
「エリザベートの結婚ね…。」
「あら、決まったのではないのですか?」
「それは、また後でね。それより、テレーザはもう少し上手く嘘がつけるようにならないとダメね。殺したとはどう言う事かと詰め寄ったとき白々しい態度でしたよ。あまりのことに笑ってしまったじゃない。」
リオは紅茶を一口飲んで、ユリアーナの方を見た。
「貴女には関係がないのに、この茶番に付き合わせてしまって申し訳のない事をしました。ただ、貴女とは少し話してみたかったと言うこともあってここに招いたの。私が突然貴女だけを個人的に呼ぶ事は出来ないから。ヴァセラン子爵令嬢が何やら吹聴して回っている様だしそれを使わせてもらおうと思ってね。」
「それでは継母上、私とマリーナ様は御前を失礼させて頂きます。」
「リナが二人用に違う部屋を用意したみたいだから、リナに案内させると良いわ。」
「はい。ありがとうございます。マリーナ様にはアルドマルジザットの歴史からたっぷりとお勉強して頂かなければ。ご自分のルーツの一つなのですからね。」
ユリアーナは、ずっと感じていた違和感から解放されるような感覚になった。
「リナ、テレーザとヴァセラン子爵令嬢をお部屋にご案内して。あと、こちらにお茶の差し替えを。」
「かしこまりました。」
「テレーザ、王妃になろうって人が…それでは全くなっていないじゃない。」
「継母上。」
テレーザは、小さな子供が失敗を指摘されたときのように、赤くなりながらリオに何かを抗議している。ユリアーナはその姿を見て、怒りなどではなく恥ずかしさのためだろうと思った。そしてやはり、二人には自分が思っていたより遥かに深い絆と信頼関係があるのだろうと感じていた。
テレーザは、笑いが落ち着いたリオにもう一度小声で何かを抗議してから、気を取り直し、マリーナの方に向いた。
「マリーナ様、私の産みの母のこと、貴女は私のことをおもんぱかり、教えてくれたのよね?」
「もちろんで、ございます。」
「いや…ね、少し小耳に挟んだのだけれど、最近エシタリシテソージャでは、プリズマーティッシュと友好関係を築こうとしている現王太子のウルバーノ殿下を軟派で王には不適格だとする強硬派が台頭してきている…とか。その旗振り役の一人が貴女の父であるヴァセラン子爵、だなんてお話し、ただの噂話よね。まぁ、噂話なんていうのは、いくらでも尾ひれが付くものですものね。」
テレーザは、ニッコリ笑って、気品溢れる姿で紅茶を飲んだ。マリーナの斜向かいに座っていたリオは、彼女の方を見て優しく微笑んだ後に、口を開いた。
「ヴァセラン子爵令嬢、些かやり過ぎてしまっているみたいね。あの計算高いウルバーノ王太子が、物事を深く考えない、軽はずみな人間を外遊の共にするはずがないでしょう?その事を考えると、本当の貴女はもっと要領が良く、抜け目のない人なのでしょうね。今回のこの機会に最近友好国として絆を深めつつあるゲウェーニッチとプリズマーティッシュに多少の亀裂を入れておきたいとか、プリズマーティッシュとエシタリシテソージャが万が一にも争いを起こしたとき、エパナスターシにはエシタリシテソージャの支持に回るよう布石を打ちたいとか。思いは色々あったのでしょうけれど。」
「ユリアーナ殿下は、煩わしいことに巻き込まれてしまったわね。エパナスターシが婦女子が学ぶことを良しとしない因習があることに目を付けたのかしら?彼女なら、自分が吹き込んだことを信じ込むとね。」
テレーザは ‘どちらでも良いのだけれど’ 、と小さく呟いてから、
「私は、私の母アリーチェが廃妃された事や、自分が王籍から外された事の全ての経緯を知っています。もちろん全てを聞いたのは大人になってからでしたが。」
「殿下。この国の言い分を全て信じ込むのは、危険ではございませんか?良くお考え下さい。」
マリーナは、身を乗り出さんばかりの勢いで、テレーザに食ってかかった。
「この国の方たちは最後まで子細はお話し下さいませんでした。けれど、私が幼いときにプリズマーティッシュで亡くなったと聞かされていた母が、実はエパナスターシの修道院で暮らしていたのです。そして、その母が身を置いた修道院で亡くなるとき、私に手紙を残したのです。そこには、私の身分をなくしてしまった事への謝罪と、父上を心からお慕いしていたこと、しかし父上がお心の全てを差し出しても構わないと思うほど愛おしんでいらしたのは王妃陛下ただお一人であったこと、その事が全ての動因であったこと、事が起ってから長い年月を経て、反復して考えた今だからこそ自分の過ちが本当はなんであったのか認めることが出来たことなど母の心うちの一切が書いてありました。当事者の言葉ですから、これ以上の真実などありはしないでしょう?それとも、マリーナ様はこれよりも詳しい事実をご存知なのかしら?」
何か言い返したいのだろうが、言い淀んでいる。
「両陛下は、母へ何度も生きていることを私へ知らせてはどうかと言っていたようです。しかし、母はそれを最後まで頑なに拒んだ。だけれど、自分の死期を悟り、両陛下に対する謂れのない噂などが私の耳に及ぶことを危惧したのです。死んでしまってからでは、自分の気持を私に伝えることは出来ない。だから、自分の死後に私の元へ手紙が届くようにしたのです。」
マリーナへ今度はリオが話しかける。
「あぁ、そう言えば、ヴァセラン子爵令嬢聞きたいことがあるのだけれど。貴女のお父上が旗振り役となって、現王太子のウルバーノを王位継承権の第一位から引きずり落とし、王位継承権の第二位を持つマルコ殿下が王太子になったとします。それでも、貴女のお父上はそのまま貴女を庇護してくれると思っていて?それとも、マルコ殿下が立太子した暁には、貴女を王太子妃にするとでも言っていたのかしら?」
「…父上は…。私こそが王妃に相応しいと…。」
リオは、消え入りそうな聞き取れないほどの小さな声で話すマリーナに笑顔を向ける。
「あら、貴女ご存じないの?マルコ殿下がご結婚なさったこと。」
マリーナは、驚きのあまり、顔が強ばっている。
「貴女も、四十歳も年上の男性と結婚してまで、そんなに王妃になりたかったの?」
「マルコ殿下は、独身のはずでは?」
今度はハッキリと聞こえるが、声は震えている。
「数年前にご結婚なさって、ジェラルドと言う、可愛いお子様まで授かったそうよ。お相手は、ヴァセラン子爵の庶子で三十歳のジェンマ様だと聞いているわ。」
「そんな…。」
「マルコ殿下は、齢六十。政変が起り、王位を継いでもそう長くはないでしょう。その後をジェラルド殿下が継いでも、まだお若い。お父上は、外祖父として、摂政の座に就かれるのかしらね。あぁそうだった。そんなことより、エシタリシテソージャでは、私と同じ日にこちらへ渡ってきた救世主のトシコ様と陛下との悲恋を演劇にしていらっしゃるそうね。エシタリシテソージャでは大変流行ったとか。私も是非に見せて頂きたくて近々劇団をエシタリシテソージャから招こうと考えているのよ。」
「継母上、そうなのですか?私も観劇したい。いつ頃の予定なのです?」
「一国の王太子妃がそんなに頻繁に国を渡ってこられるわけがないでしょう。諦めなさい。」
「でも、エリザベートがやっと結婚を承諾したのでしょう?それに合わせて下されば、私も見られるのでは?」
「エリザベートの結婚ね…。」
「あら、決まったのではないのですか?」
「それは、また後でね。それより、テレーザはもう少し上手く嘘がつけるようにならないとダメね。殺したとはどう言う事かと詰め寄ったとき白々しい態度でしたよ。あまりのことに笑ってしまったじゃない。」
リオは紅茶を一口飲んで、ユリアーナの方を見た。
「貴女には関係がないのに、この茶番に付き合わせてしまって申し訳のない事をしました。ただ、貴女とは少し話してみたかったと言うこともあってここに招いたの。私が突然貴女だけを個人的に呼ぶ事は出来ないから。ヴァセラン子爵令嬢が何やら吹聴して回っている様だしそれを使わせてもらおうと思ってね。」
「それでは継母上、私とマリーナ様は御前を失礼させて頂きます。」
「リナが二人用に違う部屋を用意したみたいだから、リナに案内させると良いわ。」
「はい。ありがとうございます。マリーナ様にはアルドマルジザットの歴史からたっぷりとお勉強して頂かなければ。ご自分のルーツの一つなのですからね。」
ユリアーナは、ずっと感じていた違和感から解放されるような感覚になった。
「リナ、テレーザとヴァセラン子爵令嬢をお部屋にご案内して。あと、こちらにお茶の差し替えを。」
「かしこまりました。」


