「終了。」
アンリ・オベールの大きい声が会場に響いた。勝負は、バーナードの勝利だった。中隊長同士の戦いは、大変見応えのあるものだったが、勝利したバーナードもバルバも満身創痍と言った感じで、二人とも支えられながらコートから退場していった。
「いつ見ても、プリズマーティッシュの騎士団と国軍の合同演習はダイナミックだ。テレーザは楽しめたか?」
フェデリーコは、隣のテレーザに話しかける。
「はい。とても。私も久し振りに剣術の練習をしたくなりました。噂では、フェルナン兄上や、エリザベートも対戦すると聞いたのですけれど。」
「フェルナンは分かるが、エリザベート殿下は…」
「エリザベートには、本人から出場すると聞いたのです。継母上と何かを賭けているみたいで、絶対勝つと意気込んでおりました。あの子は小さな時から思い込んだら一直線で、継母上も困っておいででしたから、心配です。」
「仮にも王女殿下だ、対戦相手が困るだろう。」
「コンスタン・ファロ伯の次女ヴィクトワール様がお相手なのだそうです。」
「確か、彼女は騎士団に所属していて、女性初の中隊長になると言われているのではなかったか?」
「そうなのですか?そのような方を対戦相手に選んだとすると、継母上も本気だと言う事でございますね。継母上は、どうしてあんなにはねかえり娘に育ってしまったのか困ったと仰っておいでですが、姉弟の中ではエリザベートが一番継母上に似ていると思うのですけれど。」
楽しそうに、うふふと笑うテレーザを見て、フェデリーコも笑った。
「確かに、そうかもしれないね。そう言えば、エシタリシテソージャがマルゲリット殿下やルイ殿下のお子様達と縁組みをさせたくて色々と企んでいるようだが…。」
「ウルバーノ殿下もお父上の御代では無理でもマルゲリットの代になればと期待しているのかもしれませんね。」
「ウルバーノ殿下と言えば、少し小耳に挟んだのだけれど…」
∴∵
ユリアーナは、演習の第二試合が終わり、小休憩に入った折りにマリーナから誘いがあり、ヴィレムとは離れたパビリオンへ来ていた。そこに、極薄い青色のドレスを着た、色白の女性がやって来た。
「ユリアーナ殿下が、お誘い下さったそうで大変光栄でございます。改めまして、ゲウェーニッチ王国 王太子フェデリーコ殿下の妃、テレーザ・デレオーネでございます。」
ダークブラウンの瞳を優しげに細め、欠けるところのない、見事な礼の姿勢をとる。ユリアーナは、慌てて立ち上がり、挨拶を返し、礼の姿勢をとる。
「お二人とも、おかけ下さいな。」
マリーナの言葉に、ユリアーナとテレーザは視線を合わせて微笑み合った。侍女が、慣れた様子でティーセットと茶菓子をテーブルに並べている。
マリーナにとって、テレーザは母方の遠縁になる。自分から行動を起こさないと、テレーザと懇談する機会が得られないと思ってこの茶会を決めたのだろうと思うが、ユリアーナがテレーザが来ることを知ったのは、彼女の姿を見た瞬間だった。
側妃の立場は国ごとに少し違っていて、エパナスターシやエシタリシテソージャでは、側妃の地位は妾と殆ど変わりなく、例え王太子の側妃と言っても身分は生家のまま、基本的には王族としては扱ってもらえない。ただ、産んだ子は王族として扱われ、王位の継承権も与えられるところが、妾との違いだ。一方、ゲウェーニッチやプリズマーティッシュでは側妃の地位は確立されていて正式な王族として扱われる。
エパナスターシで育ったユリアーナからしてみれば、子爵家の娘が一国の王太子妃を誘った事になる。テレーザは気にしていないようにも見えるが、これは、礼儀を弁えない振る舞いだと批難される行動だ。マリーナもそれが分かっているからこそ、自分の名前を使ったのだろうと思ってはいるが、事前に知らせることくらいは出来たのではないかなどと、つい考えてしまった。
「マリーナ様ともお話したいと思っていましたの。私の母、アリーチェは、マリーナ様のお祖母様と又従姉妹でございますものね。国が遠く、気安くお会いする事もできずに残念に思っておりましたから。」
「エシタリシテソージャの王都からは確かに遠いと思いますが、難所は国境付近にあるナハロハヤットのみで、それほど難しい国境越えではないように思いますけれど。」
テレーザは、柔和な表情を崩さないが、ユリアーナは動揺を表情に出さないように必死だった。
テレーザ殿下の言う ‘遠い’ は、物理的な距離のことではない。彼女の育ったゲウェーニッチとエシタリシテソージャは八十余年前に独立戦争をしていた。この戦いでゲウェーニッチは勝利し、独立宣言を発したが、当時の混乱につけこみ、エシタリシテソージャは元々国境としていた大河を含むゲウェーニッチの領地を占拠し、エシタリシテソージャの領地として実効支配した。未だにそこには争いの火種が残っている。その大河が、ナハロハヤットだった。しかも、ナハロハヤットはエシタリシテソージャが付けた名で、ゲウェーニッチでは、ストーフィロドと呼ばれている。両国の人間がいる場所ではこの事について会話には出さないようにと歴史教師から何度も言い聞かされてきた。
「そう言えば、そうですわね。」
「そうですわ。ぜひ、我がエシタリシテソージャへいらして下さい。私の曾祖母のように、テレーザ殿下の母上のアリーチェ様も我が国へ嫁ぐ予定だったとお伺いしたことがあります。そうしましたら私たち同じ国で育つことが出来ましたのにね。」
そこに、侍女がお茶を持って来た。プリズマーティッシュに来て早々に街のレストランで飲んだ黄緑色のお茶だった。
マリーナは、それを不思議そうに見る。
「お飲み物は、私の方でお願いしてしまいました。留学中に飲むようになってから、私は紅茶のミルクティーよりも緑茶のミルクティーの方が好きになってしまって。よろしかったかしら?」
「私も、先日緑茶を頂きました。爽やかな香りが好ましく感じます。」
「テレーザ殿下、これはなんでございますか?」
「緑茶と言って、私たちが普段飲んでいるお茶とは違う製法で作られたものなのですよ。お好きな方はそのまま召し上がることもあるようですが、苦みがありますので砂糖とミルクを入れて飲むのがお勧めです。」
「まぁ。プリズマーティッシュとは、何から何まで変っていらっしゃるのですね。」
砂糖とミルクを入れ、一口飲んだマリーナは満更でもない顔で、カップを置いた。
「私が生んだ子と、プリズマーティッシュのルイ殿下やマルゲリット殿下のお子様との縁組みの話しを進めるようにとウルバーノ殿下やヴィットーリオ殿下から命じられてきました。それで・・」
「お話しの途中にごめんなさいね。私、失念しておりましたがマリーナ様は、お子様がいらっしゃったかしら?おいくつになられて?」
「いいえ。まだ授かってはおりません。しかし、私も生まれる前からヴィットーリオ殿下の側妃になることが決められていました。」
「そうね、そう言う私も、生まれる前から殿下の妃になることは決められていましたからね。」
「私、それで、テレーザ殿下にうかがいたい事がございまして。」
「何でしょう?」
ユリアーナは、居心地の悪さを感じながら、退席することも出来ず黙ってお茶を飲んだ。
「何故、テレーザ殿下やアデーレ殿下はそんなにもプリズマーティッシュと言う国や王妃を信用なさっているのですか?」
「貴女様が不思議に思うほどに私が信用しているように見えますのね。」
「違うのですか?」
「いいえ、違いません。アデーレ様の事は私には分かりかねますが、少なくとも私は。血の繫がらない私のことも、陛下のお産みになった子供たちと同じ様に慈しんで下さり、王太子や他の王子王女とも姉弟のように接することをお許し下さっています。そのように接して下さる陛下への感謝の気持が信頼と言う形になっているのかも知れません。私たちは血が繫がらなくとも親子です。私が陛下へ寄せる信頼はそんなに不思議な事でございますか?」
「血のつながらない親子でございますか…しかし、殿下をお産みあそばされたアリーチェ様を殺したのですよ?実の母の敵をそこまで信用なさって大丈夫なのですか?」
アンリ・オベールの大きい声が会場に響いた。勝負は、バーナードの勝利だった。中隊長同士の戦いは、大変見応えのあるものだったが、勝利したバーナードもバルバも満身創痍と言った感じで、二人とも支えられながらコートから退場していった。
「いつ見ても、プリズマーティッシュの騎士団と国軍の合同演習はダイナミックだ。テレーザは楽しめたか?」
フェデリーコは、隣のテレーザに話しかける。
「はい。とても。私も久し振りに剣術の練習をしたくなりました。噂では、フェルナン兄上や、エリザベートも対戦すると聞いたのですけれど。」
「フェルナンは分かるが、エリザベート殿下は…」
「エリザベートには、本人から出場すると聞いたのです。継母上と何かを賭けているみたいで、絶対勝つと意気込んでおりました。あの子は小さな時から思い込んだら一直線で、継母上も困っておいででしたから、心配です。」
「仮にも王女殿下だ、対戦相手が困るだろう。」
「コンスタン・ファロ伯の次女ヴィクトワール様がお相手なのだそうです。」
「確か、彼女は騎士団に所属していて、女性初の中隊長になると言われているのではなかったか?」
「そうなのですか?そのような方を対戦相手に選んだとすると、継母上も本気だと言う事でございますね。継母上は、どうしてあんなにはねかえり娘に育ってしまったのか困ったと仰っておいでですが、姉弟の中ではエリザベートが一番継母上に似ていると思うのですけれど。」
楽しそうに、うふふと笑うテレーザを見て、フェデリーコも笑った。
「確かに、そうかもしれないね。そう言えば、エシタリシテソージャがマルゲリット殿下やルイ殿下のお子様達と縁組みをさせたくて色々と企んでいるようだが…。」
「ウルバーノ殿下もお父上の御代では無理でもマルゲリットの代になればと期待しているのかもしれませんね。」
「ウルバーノ殿下と言えば、少し小耳に挟んだのだけれど…」
∴∵
ユリアーナは、演習の第二試合が終わり、小休憩に入った折りにマリーナから誘いがあり、ヴィレムとは離れたパビリオンへ来ていた。そこに、極薄い青色のドレスを着た、色白の女性がやって来た。
「ユリアーナ殿下が、お誘い下さったそうで大変光栄でございます。改めまして、ゲウェーニッチ王国 王太子フェデリーコ殿下の妃、テレーザ・デレオーネでございます。」
ダークブラウンの瞳を優しげに細め、欠けるところのない、見事な礼の姿勢をとる。ユリアーナは、慌てて立ち上がり、挨拶を返し、礼の姿勢をとる。
「お二人とも、おかけ下さいな。」
マリーナの言葉に、ユリアーナとテレーザは視線を合わせて微笑み合った。侍女が、慣れた様子でティーセットと茶菓子をテーブルに並べている。
マリーナにとって、テレーザは母方の遠縁になる。自分から行動を起こさないと、テレーザと懇談する機会が得られないと思ってこの茶会を決めたのだろうと思うが、ユリアーナがテレーザが来ることを知ったのは、彼女の姿を見た瞬間だった。
側妃の立場は国ごとに少し違っていて、エパナスターシやエシタリシテソージャでは、側妃の地位は妾と殆ど変わりなく、例え王太子の側妃と言っても身分は生家のまま、基本的には王族としては扱ってもらえない。ただ、産んだ子は王族として扱われ、王位の継承権も与えられるところが、妾との違いだ。一方、ゲウェーニッチやプリズマーティッシュでは側妃の地位は確立されていて正式な王族として扱われる。
エパナスターシで育ったユリアーナからしてみれば、子爵家の娘が一国の王太子妃を誘った事になる。テレーザは気にしていないようにも見えるが、これは、礼儀を弁えない振る舞いだと批難される行動だ。マリーナもそれが分かっているからこそ、自分の名前を使ったのだろうと思ってはいるが、事前に知らせることくらいは出来たのではないかなどと、つい考えてしまった。
「マリーナ様ともお話したいと思っていましたの。私の母、アリーチェは、マリーナ様のお祖母様と又従姉妹でございますものね。国が遠く、気安くお会いする事もできずに残念に思っておりましたから。」
「エシタリシテソージャの王都からは確かに遠いと思いますが、難所は国境付近にあるナハロハヤットのみで、それほど難しい国境越えではないように思いますけれど。」
テレーザは、柔和な表情を崩さないが、ユリアーナは動揺を表情に出さないように必死だった。
テレーザ殿下の言う ‘遠い’ は、物理的な距離のことではない。彼女の育ったゲウェーニッチとエシタリシテソージャは八十余年前に独立戦争をしていた。この戦いでゲウェーニッチは勝利し、独立宣言を発したが、当時の混乱につけこみ、エシタリシテソージャは元々国境としていた大河を含むゲウェーニッチの領地を占拠し、エシタリシテソージャの領地として実効支配した。未だにそこには争いの火種が残っている。その大河が、ナハロハヤットだった。しかも、ナハロハヤットはエシタリシテソージャが付けた名で、ゲウェーニッチでは、ストーフィロドと呼ばれている。両国の人間がいる場所ではこの事について会話には出さないようにと歴史教師から何度も言い聞かされてきた。
「そう言えば、そうですわね。」
「そうですわ。ぜひ、我がエシタリシテソージャへいらして下さい。私の曾祖母のように、テレーザ殿下の母上のアリーチェ様も我が国へ嫁ぐ予定だったとお伺いしたことがあります。そうしましたら私たち同じ国で育つことが出来ましたのにね。」
そこに、侍女がお茶を持って来た。プリズマーティッシュに来て早々に街のレストランで飲んだ黄緑色のお茶だった。
マリーナは、それを不思議そうに見る。
「お飲み物は、私の方でお願いしてしまいました。留学中に飲むようになってから、私は紅茶のミルクティーよりも緑茶のミルクティーの方が好きになってしまって。よろしかったかしら?」
「私も、先日緑茶を頂きました。爽やかな香りが好ましく感じます。」
「テレーザ殿下、これはなんでございますか?」
「緑茶と言って、私たちが普段飲んでいるお茶とは違う製法で作られたものなのですよ。お好きな方はそのまま召し上がることもあるようですが、苦みがありますので砂糖とミルクを入れて飲むのがお勧めです。」
「まぁ。プリズマーティッシュとは、何から何まで変っていらっしゃるのですね。」
砂糖とミルクを入れ、一口飲んだマリーナは満更でもない顔で、カップを置いた。
「私が生んだ子と、プリズマーティッシュのルイ殿下やマルゲリット殿下のお子様との縁組みの話しを進めるようにとウルバーノ殿下やヴィットーリオ殿下から命じられてきました。それで・・」
「お話しの途中にごめんなさいね。私、失念しておりましたがマリーナ様は、お子様がいらっしゃったかしら?おいくつになられて?」
「いいえ。まだ授かってはおりません。しかし、私も生まれる前からヴィットーリオ殿下の側妃になることが決められていました。」
「そうね、そう言う私も、生まれる前から殿下の妃になることは決められていましたからね。」
「私、それで、テレーザ殿下にうかがいたい事がございまして。」
「何でしょう?」
ユリアーナは、居心地の悪さを感じながら、退席することも出来ず黙ってお茶を飲んだ。
「何故、テレーザ殿下やアデーレ殿下はそんなにもプリズマーティッシュと言う国や王妃を信用なさっているのですか?」
「貴女様が不思議に思うほどに私が信用しているように見えますのね。」
「違うのですか?」
「いいえ、違いません。アデーレ様の事は私には分かりかねますが、少なくとも私は。血の繫がらない私のことも、陛下のお産みになった子供たちと同じ様に慈しんで下さり、王太子や他の王子王女とも姉弟のように接することをお許し下さっています。そのように接して下さる陛下への感謝の気持が信頼と言う形になっているのかも知れません。私たちは血が繫がらなくとも親子です。私が陛下へ寄せる信頼はそんなに不思議な事でございますか?」
「血のつながらない親子でございますか…しかし、殿下をお産みあそばされたアリーチェ様を殺したのですよ?実の母の敵をそこまで信用なさって大丈夫なのですか?」


