翌朝に離宮を出発した、ユリアーナとヴィレムは、宮殿へ向う馬車の数に驚いた。
「旦那様、たくさんの馬車ですね。」
「私たちだけではなく、プリズマーティッシュの貴族たちも観戦に来ているようだね。それにしても数が多い。」
馬車の数の割には、二人の馬車は順調に進み、滞ることなく宮殿内へ入った。
宮殿内にある競技場は、土のコートが広がり、それをぐるりと囲むように客席が設けられている。客席の最上段にはいくつものパビリオンが設けられており、その一つにユリアーナはヴィレムとクリストッフェルと一緒に座った。客席は、王都の人々全員が座れるのではないかと思うほどの数で、その最上段は景色は良いが、観戦には不向きなようにも思えた。
「失礼致します。」
滞在中の専属メイドのジョゼが声をかけてきた。
「ジョゼ、どうした?」
「観戦に、こちらをお使い下さい。」
ジョゼとエリーズが運んで来たのは、手持ち眼鏡だった。ハンドル部分は螺鈿細工があしらわれていて凝った装飾がしてある。
「何だ?私たちは目が悪いわけではないぞ。」
「こちらは普通の手持ち眼鏡ではなく、オペラグラスと申します。この席からコートまでは距離がありますので、対戦が見えにくいと思いますが、このオペラグラスをお使い頂くと、間近で対戦が行われているように見えます。」
「ユリアーナ殿下、こちらを覗いて頂ければ…」
「わぁ。」
「何かご覧になれましたか?」
ユリアーナは、オペラグラスから目を離して、少女のような笑顔をジョゼに見せた。ヴィレムとクリストッフェルも同じ様に覗き込んで、コート以外にも客席などを見渡す。空を見上げようとしたクリストッフェルをエリーズが止める。
「太陽をオペラグラスで覗いてはなりません。」
突然止められたクリストッフェルは、
「なぜだ?」
「オペラグラスを使うにあたっての王妃陛下からの注意点の一つでございます。」
納得がいかない様子のクリストッフェルに、ジョゼは説明する。
「陛下のお育ちになった国では、太陽の神は女性なのだそうです。女神の無防備な姿を無断で覗いて逆鱗に触れないようにするためだと私はうかがいました。」
納得はしていないが、禁止事項であるならと、クリストッフェルはテーブルにオペラグラスを置いた。
「ガラスの加工はエシタリシテソージャが大変巧みだが、これはエシタリシテソージャの物か?」
「いいえ。リオ王妃陛下が開発された魔法道具でございます。」
「魔法道具なのか。」
「間もなく演習が始まるようですね、私どもはお飲み物を用意させて頂きます。」
「あぁ。頼む。」
∴∵
「なんと、埃っぽいところなのかしら。愛でる花もなく空気も悪いこんなところでお茶など飲めたものではないわ。そこの、このお茶を下げなさい。」
アンドレーアは、そばに控えていたプリズマーティッシュのメイドを指してお茶を下げさせた。そこに馬の短い嘶きが聞こえた。しかし、競技場に馬の姿は見えない。どこかの誰かが驚きの声を上げたが、アンドレーアはそれをはしたないことのように思い、顔を歪めた。
「なんだ?あれは。」
空を指さし誰にとでもないマウリッツの問いかけに答えたのは、対戦の解説役にとパビリオンに派遣されていた騎士団第三団隊の中隊長アルバン・カルノーだった。
「両陛下と王太子殿下夫妻、第一団隊団隊長のフェルナン閣下、大尊者のエリザベート殿下が天馬に乗っていらっしゃいました。」
「天馬だと?天馬は魔獣ではないのか?」
「左様でございます。中級の魔獣でございます。」
「魔獣を普通の馬のように飼い慣らすことが出来るのか。我が国…」
「殿下。我が国にはそんな洗練さに欠けた粗野な者がする行いを真似る必要などどこにもございませんよ。」
マウリッツはアンドレーアが深々と眉間にしわを寄せたのを見て、
「女性のそのような顔は、美しくないな。」
と呟くように言った。
∴∵
騎士団と国軍の合同演習が始まった。対戦する騎士と兵士の名が呼ばれ、それぞれに歓声が響く。騎士や兵士以外にもその家族も見学できるようで、布に名前を書いたものを掲げたりしている。
初戦は、近衛騎士団 第一団隊 第三中隊 中隊長のウィリアム・バーナードと、陸軍 特殊魔獣討伐部隊 第二隊隊長 パトリック・バルバ。
ヴィレムは、オペラグラスを使い観戦する。
「対戦で使っている剣は真剣ではないように見えるが、まさかあれは魔剣か?」
解説要員として、テント内には騎士団第三団隊の中隊長を務めるヴィクトル・ランベールがいる。
「はい。魔剣を制作するのは、神殿の尊者様の仕事になっています。今回使用しているのは、第三王子フィリップ殿下がお作りになった物と、第一王子のルイ殿下がお作りになった物でございます。バーナードが氷の魔剣、バルバが火の魔剣を使って戦っております。」
氷対火の戦いは激しく、騎士や兵士が 大声で応援している中、パビリオンで観戦している他国の者たちからはどよめきが起こる。両人ともに本気で戦っているように見えるからだ。しかも、真剣でも本気で戦えば迫力が十分にあるところ、二方とも魔剣を使っている。その迫力は凄まじい。大きく上がる炎に、こちらにも冷気が伝わってくるような錯覚を覚える氷の勢い。ヴィレムは続いて聞くつもりだった事も忘れ、対戦に見入った。
∴∵
「あの魔剣は、王妃が作った物か?」
ウルバーノは、側近のリベルトに聞いた。ウルバーノのパビリオンには彼の申し出で解説要員は配置されていない。
「いいえ。第一王子と第三王子が作成した物なのだそうです。」
「本当は、もっと強力な魔剣も作れるのだろうな。…ふっマルゲリットの代になったとて、我が国には強力な力があるのだと示したいのか。わざわざ天馬に乗って会場へ入ったりなどして。」
「天馬は中級に属してる魔獣で、自分より魔力が低いと分かると、威嚇したり、時には攻撃したりすると聞きますが、先ほどは暴れる様子もなく、従っていましたね。」
「魔力の強さを誇示したいのだろう。そう言えば、昨日報告がなかったが、後席の茶会で、マリーナは上手く侍女のアナスタシアに取り入ることが出来た様子か?」
リベルトは首を振る。
「マリーナ様が仰るには、縁組みの話しなどは一切できなかった、と。」
「そうか。まぁ、あの気位高いアナスタシアがマリーナごときに絆されるわけはないか。強欲な親を持つと、子は苦労するのだな。」
「マリーナ様の場合は、まず、鑑識眼を養いませんと。」
ウルバーノは、小さく笑った。
「旦那様、たくさんの馬車ですね。」
「私たちだけではなく、プリズマーティッシュの貴族たちも観戦に来ているようだね。それにしても数が多い。」
馬車の数の割には、二人の馬車は順調に進み、滞ることなく宮殿内へ入った。
宮殿内にある競技場は、土のコートが広がり、それをぐるりと囲むように客席が設けられている。客席の最上段にはいくつものパビリオンが設けられており、その一つにユリアーナはヴィレムとクリストッフェルと一緒に座った。客席は、王都の人々全員が座れるのではないかと思うほどの数で、その最上段は景色は良いが、観戦には不向きなようにも思えた。
「失礼致します。」
滞在中の専属メイドのジョゼが声をかけてきた。
「ジョゼ、どうした?」
「観戦に、こちらをお使い下さい。」
ジョゼとエリーズが運んで来たのは、手持ち眼鏡だった。ハンドル部分は螺鈿細工があしらわれていて凝った装飾がしてある。
「何だ?私たちは目が悪いわけではないぞ。」
「こちらは普通の手持ち眼鏡ではなく、オペラグラスと申します。この席からコートまでは距離がありますので、対戦が見えにくいと思いますが、このオペラグラスをお使い頂くと、間近で対戦が行われているように見えます。」
「ユリアーナ殿下、こちらを覗いて頂ければ…」
「わぁ。」
「何かご覧になれましたか?」
ユリアーナは、オペラグラスから目を離して、少女のような笑顔をジョゼに見せた。ヴィレムとクリストッフェルも同じ様に覗き込んで、コート以外にも客席などを見渡す。空を見上げようとしたクリストッフェルをエリーズが止める。
「太陽をオペラグラスで覗いてはなりません。」
突然止められたクリストッフェルは、
「なぜだ?」
「オペラグラスを使うにあたっての王妃陛下からの注意点の一つでございます。」
納得がいかない様子のクリストッフェルに、ジョゼは説明する。
「陛下のお育ちになった国では、太陽の神は女性なのだそうです。女神の無防備な姿を無断で覗いて逆鱗に触れないようにするためだと私はうかがいました。」
納得はしていないが、禁止事項であるならと、クリストッフェルはテーブルにオペラグラスを置いた。
「ガラスの加工はエシタリシテソージャが大変巧みだが、これはエシタリシテソージャの物か?」
「いいえ。リオ王妃陛下が開発された魔法道具でございます。」
「魔法道具なのか。」
「間もなく演習が始まるようですね、私どもはお飲み物を用意させて頂きます。」
「あぁ。頼む。」
∴∵
「なんと、埃っぽいところなのかしら。愛でる花もなく空気も悪いこんなところでお茶など飲めたものではないわ。そこの、このお茶を下げなさい。」
アンドレーアは、そばに控えていたプリズマーティッシュのメイドを指してお茶を下げさせた。そこに馬の短い嘶きが聞こえた。しかし、競技場に馬の姿は見えない。どこかの誰かが驚きの声を上げたが、アンドレーアはそれをはしたないことのように思い、顔を歪めた。
「なんだ?あれは。」
空を指さし誰にとでもないマウリッツの問いかけに答えたのは、対戦の解説役にとパビリオンに派遣されていた騎士団第三団隊の中隊長アルバン・カルノーだった。
「両陛下と王太子殿下夫妻、第一団隊団隊長のフェルナン閣下、大尊者のエリザベート殿下が天馬に乗っていらっしゃいました。」
「天馬だと?天馬は魔獣ではないのか?」
「左様でございます。中級の魔獣でございます。」
「魔獣を普通の馬のように飼い慣らすことが出来るのか。我が国…」
「殿下。我が国にはそんな洗練さに欠けた粗野な者がする行いを真似る必要などどこにもございませんよ。」
マウリッツはアンドレーアが深々と眉間にしわを寄せたのを見て、
「女性のそのような顔は、美しくないな。」
と呟くように言った。
∴∵
騎士団と国軍の合同演習が始まった。対戦する騎士と兵士の名が呼ばれ、それぞれに歓声が響く。騎士や兵士以外にもその家族も見学できるようで、布に名前を書いたものを掲げたりしている。
初戦は、近衛騎士団 第一団隊 第三中隊 中隊長のウィリアム・バーナードと、陸軍 特殊魔獣討伐部隊 第二隊隊長 パトリック・バルバ。
ヴィレムは、オペラグラスを使い観戦する。
「対戦で使っている剣は真剣ではないように見えるが、まさかあれは魔剣か?」
解説要員として、テント内には騎士団第三団隊の中隊長を務めるヴィクトル・ランベールがいる。
「はい。魔剣を制作するのは、神殿の尊者様の仕事になっています。今回使用しているのは、第三王子フィリップ殿下がお作りになった物と、第一王子のルイ殿下がお作りになった物でございます。バーナードが氷の魔剣、バルバが火の魔剣を使って戦っております。」
氷対火の戦いは激しく、騎士や兵士が 大声で応援している中、パビリオンで観戦している他国の者たちからはどよめきが起こる。両人ともに本気で戦っているように見えるからだ。しかも、真剣でも本気で戦えば迫力が十分にあるところ、二方とも魔剣を使っている。その迫力は凄まじい。大きく上がる炎に、こちらにも冷気が伝わってくるような錯覚を覚える氷の勢い。ヴィレムは続いて聞くつもりだった事も忘れ、対戦に見入った。
∴∵
「あの魔剣は、王妃が作った物か?」
ウルバーノは、側近のリベルトに聞いた。ウルバーノのパビリオンには彼の申し出で解説要員は配置されていない。
「いいえ。第一王子と第三王子が作成した物なのだそうです。」
「本当は、もっと強力な魔剣も作れるのだろうな。…ふっマルゲリットの代になったとて、我が国には強力な力があるのだと示したいのか。わざわざ天馬に乗って会場へ入ったりなどして。」
「天馬は中級に属してる魔獣で、自分より魔力が低いと分かると、威嚇したり、時には攻撃したりすると聞きますが、先ほどは暴れる様子もなく、従っていましたね。」
「魔力の強さを誇示したいのだろう。そう言えば、昨日報告がなかったが、後席の茶会で、マリーナは上手く侍女のアナスタシアに取り入ることが出来た様子か?」
リベルトは首を振る。
「マリーナ様が仰るには、縁組みの話しなどは一切できなかった、と。」
「そうか。まぁ、あの気位高いアナスタシアがマリーナごときに絆されるわけはないか。強欲な親を持つと、子は苦労するのだな。」
「マリーナ様の場合は、まず、鑑識眼を養いませんと。」
ウルバーノは、小さく笑った。


