薄氷の城

 宮殿から馬車で暫く走り向った離宮が、一行が滞在する宿のようだった。東西南北に棟があり、ユリアーナとヴィレムは北の棟に、西の棟にはマウリッツとアンドレーアにクリストッフェル、南の棟にはウルバーノとジュリア、東の棟はヴィットーリオとマリーナにアルナルドが使うことになった。その離宮から更に数分走ったところにある離宮には両国の随行員達が滞在することになった。

 居室となる部屋に通され、ユリアーナはソファーに座り、ひと落ち着きしていた。

「ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレン侍女エリーズ・バロー、ジョゼ・ゴーチェが参りました。」

 騎士の声かけに、ヴィレムは二人を通すように返事する。ボーが扉を開くと、二人が部屋へ入ってきた。プラチナブロンドのエリーズが、口を開く。

「本日より両殿下のご滞在中のお世話を申し付かりました。エリーズでございます。」
「ジョゼでございます。」
「二人には、アーダプルでも大変世話になった。滞在中よろしく頼む。」
「見知っている二人が滞在中に世話をしてくれるのは、心強いわ。お願いしますね。」
「身に余るお言葉、恐れながらも有り難く存じます。」
「早速で申し訳ありませんが、ジョゼ様に湯沸かしをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます。」

 ユリアーナは、窓辺に移って庭を見た。

「旦那様、ご覧下さい。真っ白な花が…」

 ヴィレムもユリアーナの隣で、庭を見た。

「何て壮観な眺めなんだろうね。」
「私、真っ白な花が庭に咲いているのを初めて見ました。」
「私も、生まれて初めてだ。」
「旦那様も初めてでございますか?」
「あぁ。我が国で咲かないから、他の国でも咲かないものだと思っていたが、魔術で咲かせているのだろうか?」
「全て、庭師が丹精して育てた花々でございます。」

 振り返ったユリアーナに、エリーズは微笑んだ。

「何故、この様に白いお花ばかりが咲いているの?」
「この離宮は、先王、シャルル様の後宮として長く使われておりました。今、両殿下にお使い頂いている北の棟は現宰相のクロヴィス殿下のお母上、側妃のイザベル様がお住まいでした。イザベル様とリオ陛下は年が離れておりましたが親友の如く仲がよろしく、イザベル様はリオ陛下がお喜びになるので白い花を主役に庭作りをするようお命じになっておいででした。イザベル様が亡くなった今もそれを引き継ぎ、世話をしております。」
「そうなのね…。今は、どんなお花が咲いているのかしら?」
「こちらから見えるのは、ガーデニアでございます。手前に咲いておりますのはアストランティアやビンカミノールでございます。奥には白バラやアイリスも咲いております。ご滞在中にお時間がございましたら、ぜひ、庭をご散策下さい。」
「そうね。明日の朝など気持ちよいかもしれませんね。」
「朝、少し早く起きて散策してみるとしようか。」
「はい。旦那様。」


 ∴∵


 黄昏時、王宮から迎えの使者が到着し、ヴィレムとユリアーナは馬車に乗り込んだ。宮殿へ向う道には、等間隔に街灯があり、オレンジ色の光を放っている。

「宮殿までの馬車道全てにこの街灯は付いているのでしょうか?」
「明るいうちは気が付かなかったが、そのようだね。」
「国が違えば、自分の常識とは全く違う日常があるのですね。エシタリシテソージャにはゆっくりと滞在することはできませんでしたし、我が国が影響を強く受けていることもあって、違いは感じられませんでしたけれど、この国は何から何まで違う気が致します。」


 ∴∵
 

 王宮のエントランスに到着し、ユリアーナが馬車から降りると、侍従に案内され、大広間に通された。舞踏会前に歓談するための広間で、既にマウリッツやプリズマーティッシュの貴族達も到着しているようだった。
 飲み物やフィンガーフードを持った給仕たちが招待客の間を縫うように歩いて行く。赤みのある茶褐色の床がどこまでも続き、数え切れない人たちがその場にいる。
 二人が中へ進んでいくと、最初に声を掛けてきたのは、ダークブロンドに黄橙色の瞳をした男性だった。両陛下との謁見の際にその場にいた人物だった。

「ようこそ、おいで下さいました。両殿下。」

 男性の隣のご夫人は、美しい礼の姿をする。

「お顔をお上げ下さい。私はエパナスターシ王国のヴィレム・アルテナと申します。」
「妻のユリアーナ・アルテナでございます。以後お見知りおきの程願います。」
「ご丁寧にご挨拶頂き、恐縮致します。私はこの国の宰相を務めさせて頂いております、クロヴィス・トゥーレーヌと申します。」
「私は、マリー・トゥーレーヌと申します。こちらこそ、お見知りおき下さいますと幸いにございます。」
「よろしければ、私の方から、紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「トゥーレーヌ宰相に紹介して頂けるのなら心強く思います。」

 クロヴィスは、にこやかに頷いた。

「では、参りましょうか。」

 少し歩き、会場の中心部に来たとき、クロヴィスは長身の男性を呼び止めた。クロヴィスと同じダークブラウンの髪に、緑色の強く出たヘーゼル色の瞳をしている。

「私の弟で、防衛大臣を務めています。」
「お初にお目にかかります。エパナスターシ王国ヴィレム・アルテナと申します。」
「お初にお目にかかります。ユリアーナ・アルテナと申します。」

 ユリアーナが礼の姿勢を取ると、姿勢を戻すように男性は声を掛ける。

「私は、シルヴェストル・カンバーランドと申します。防衛大臣を務めさせて頂いております。」
「私は妻のアナスタシアと申します。」
「アナスタシアは、私共のいとこで、リオ陛下の侍女をしております。」
「両殿下のご滞在中は、お目にかかることもあるかと存じます。お見知りおき下さいますようお願い申し上げます。」

 アナスタシアと名乗った女性は、礼の姿勢を取った。アズライトのような少し紫を感じる暗いけれど上品な青色のドレスは、深いハートカットのビスチェにチュール素材のビショップスリーブが付いている。スレンダーラインのスカートには地の青と同色の石がちりばめられていて、まるで夜明け前の星空を見ているようだった。

「では、殿下参りましょうか。ヴィレム殿下は、外務府にお勤めとお聞きしましたが…」
「実は、魔獣討伐について興味がありまして、騎士団第一団隊の団隊長をご紹介頂けないかと。」
「もちろんでございます。」

 そう言って、クロヴィスは、近くにいた男性に声を掛けた。

「リュカ、フェルナンは見たか?」
「フェルナン?さっき…ピエールと。」

 リュカと呼びかけられた男性の視線の方をクロヴィスが見ると、一際背の高い男性の後ろ姿が見えた。

「フェルナンは背が高くてこんな時、助かるな。」
「殿下、フェルナンを呼んで参ります。少々お待ち下さい。リュカ、両殿下を頼む。」
「はい。」

 そう返事をした男性は、騎士がする礼の姿勢を取った。

「私、リュカ・カラヴィと申します。子爵位を賜っております。現在は、国軍顧問として陸軍の特殊魔獣討伐部隊の指導を行っております。この度は、ご尊顔を拝する機会を頂けましたこと、厚く感謝申し上げます。」
「カラヴィ殿、お顔をお上げ下さい。」

 リュカは、姿勢を戻した。

「私はエパナスターシ王国 ヴィレム・アルテナと申します。」
「私は、ユリアーナ・アルテナと申します。」
「先ほど、カラヴィ殿が仰っていた、国軍の特殊魔獣討伐部隊とは、騎士団の第一団隊とは別なのですか?」
「はい。騎士団には、貴族しか入団が出来ません。それに、基本騎士団は要人を警護するのが仕事で、魔獣討伐をする第一団隊が特殊なのです。国軍は、体力や学力などの試験を受け、合格をすれば平民でも入軍する事が出来ます。かく言う私も平民なので国軍へ入軍致しました。そして、国軍は魔獣の討伐と王都の警備が基本の仕事になっています。私が指導している特伐隊は、魔獣が現れた際、先駆けとして現地に入り、万が一の時は殿(しんがり)を努める部隊でございます。」
「ルカ」

 ヴィレムが声の方向を見ると、ウルバーノ王太子とその側近リベルトがいた。リュカは、再び礼の姿勢を取る。ヴィレムとユリアーナも礼の姿勢を取った。

「皆々面を上げよ。久方振りだな、ルカ。」
「長のご無沙汰、お詫び申し上げます。」
「詫びなど、心にもないことを。」
「重ねて失礼を申し上げる事をお許し頂けるのでしたら、私は正式に改名致しまして、プリズマーティッシュの名前でリュカとなりました。三十年以上前の事でございますが。」
「お前は、本当に我が国に馴染めなかったのだな。生まれながらの国に馴染めないのは、辛いことだろう。この国でそのような息災な姿が見られるのならば良いと考えるべきか。」

 ウルバーノが、子爵である人間と(ねんご)ろに会話している姿にヴィレムは目を疑った。その事を感じ取ったのか、リベルトがヴィレムにリュカと自分たち二人の関係性を話し出した。

「彼は、私や王太子殿下と従兄弟関係にあるんだ。彼の兄、クリストフォロは我が国で軍務の要職に就いている。リュカも我が国の公爵家の出身だ。」

 ヴィレムが驚いたように、リュカの方を見ると、彼は独特のはにかんだような笑顔を見せた。