薄氷の城

 六月十四日、エパナスターシとエシタリシテソージャの一行が支度用に用意された離宮に、ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの騎士団第二団隊の騎士たちが集まった。
 王宮までは第二団隊の騎士が先導役になり、その後ろをエシタリシテソージャ、エパナスターシが続いた。大きな道へ出ると、両側に沢山の人々が集まり、花を掲げて振っている。その眺めはまるで花畑の中を走っているようだった。

「ルネ殿が言っていたが、この国の国民たちは、花をかざすことで敬意や歓迎の気持を表しているそうなんだ。」
「では、国交のない国の私たちのことを、こんなにも大勢の民が歓迎してくれているって事ですか?」
「あぁ、そのようだよ。」
「エシタリシテソージャの国民は、慎み深く出迎えてくれた印象ですが、この国はまるでお祭りのような、賑やかさで…国民性の違いなのでしょうか?」
「そうなのだろう…と思うが。」
「事前に聞いていた印象と違う感じがするのは私だけでしょうか?」
 
 プリズマーティッシュの騎士たちは、儀礼服を着用し、馬も特別に整えられ、王宮に向うその列は見たこともないほどの立派な行列だった。


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 ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの宮殿は、王都で一番大きく象徴的な存在であるリブファンリーブンと言う川の東岸にある丘の上に建つ広大な城だ。千年以上前に建てられた時は、城壁もあり、要塞として機能していた。国に争いがなくなり平和になったことで、増設や再建を続け現在の居城としての姿になった。
 宮殿の中には、住まいとしての棟以外にも王の執務を行う棟、神殿など千年で様々な建造物が並ぶようになった。
 長い年月をかけ造られた宮殿は、その時々の時代を象徴する建築様式が加えられ、今まで見た事のない、特別な存在感を作り出していた。

 ユリアーナは、案内に従い王宮内へ入った。アーダプルの宿で見た時よりも遥かに細やかで手間がかけられていることが分かる木象嵌(もくぞうがん)で造られた床は工芸品の枠を超え、芸術作品のようにも見えた。
 緩やかな階段を上り、待機するための部屋に通される。プリズマーティッシュの国王夫妻と謁見するのは、随行員も含めると二十名ほどの人数になる。人数の割に、室内が静かなのは緊張のせいなのかもしれないと思った。

「それでは、皆様。玉座の間へとご案内致します。」

 エシタリシテソージャのウルバーノ王太子とジュリア妃、その後を、マウリッツ王太子とアンドレーア妃が続き、ヴィレムとユリアーナはヴィットーリオ公と側妃のマリーナの後に続いた。
 通された玉座の間は、二十名の人が入っても余裕のある広間で、前方は二段ほど高くなっていた。部屋からは悠々とした落ち着きや余裕を感じる。
 大陸では、赤い染料が一番高価であるために玉座の間はもちろん王城内では赤色の絨毯を敷くことが権威の象徴のようにされている。しかし、この国は赤みがかった茶褐色の光沢ある木材に、エメラルドのような明るく鮮やかな青緑色の絨毯が敷き詰められていた。
 一行は、国毎に三列に並ぶと、礼の姿勢で国王夫妻の来るのを待った。
 扉の開く音がすると、靴音がいくつかした。

(おもて)を上げられよ。」
 
 ユリアーナが姿勢を戻すと、漆黒の髪の男女が立っていた。

「エシタリシテソージャ王国、王太子ウルバーノ殿下。」

 名を呼ばれたウルバーノは一歩前へ出て、礼の姿勢を取ると姿勢を戻し、短い挨拶の言葉を発して元の位置に戻った。次に王太子妃ジュリアが呼ばれ、その次がヴィットーリオと、次々に呼ばれて礼をしている。
 しかし、ユリアーナの視線は先ほどから王妃のリオに固定されている。初め、緑の絨毯が珍しいと思ったが、こうして見ると理由がハッキリ分かる。絨毯は王妃のドレスの補色になっているのだ。視野を広くすると、彼女の存在があってこそ、この空間が引き締まって見える。
 ユリアーナが目を奪われた理由はもう一つあった。それは彼女の髪だった。真っ黒な髪色がこの大陸に珍しいことも然る事ながら、彼女の髪は顎の下、五㎝ほどしか長さがなかったからだ。しかも、彼女が横を向くと、後ろの部分は更に短くなっていて、前下がりに切られているのが分かった。昔、この辺りの国では女性は成人になると髪を結い上げるのが習わしとなっていて、今はそれほど厳密にはしていなくても、社交界の場では髪を結い上げるのが基本となっている。町場の人たちの中には、金に困り髪を売る者もいると言うので、成人女性が髪を短くしているのは、貧困の印のようなものだった。そのため、女性は髪を短く整えることはしない。

「アルテナ公爵妃ユリアーナ殿下。」

 ぼうっと見入っていたために、王妃と目が合ってしまった。ユリアーナは慌てて一歩前に出て、礼の姿勢を取る。

「ドンデレス公爵クリストッフェル殿下。」

 ユリアーナは改めて二人を見た。御年六十近いはずの国王は、年下のマウリッツと比べると彼の方が年下に見えるほど若々しい。髪は黒々として肌も艶やかだ。濃紺の軍服に薄青紫色のサッシュを肩からかけている長身で日々節制を心がけていることが分かる体躯もその印象を強めているみたいだった。
 その隣に立っている王妃は国王より四つ下だと聞いていたが、こちらもまた、ユリアーナの母と言うよりは、姉のような年に見える。深みのある濃い赤一色のドレスは、胸元がドレープになっていて、スカートはシンプルだがロングトレーンになっていた。スカートのシンプルさがトップのドレープを更に華やかに際立たせていた。刺繍や宝石をちりばめることのない飾り気のないドレスだが、生地のシルクは一級品のようで、その艶やかな深みのある色が、王妃を一層年齢不詳に見せている。

「第七十四代国王、レオナール陛下よりご挨拶です。」
「皆様、遠いところから我がゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへお越し下さり、深く感謝致します。今宵は、歓迎の宴を予定しております。この後到着するゲウェーニッチ王国も含めた四カ国の貴族たちが集う盛大な宴になっております。お楽しみいただけると幸いです。では、長旅でお疲れのことと思いますので、時間までごゆっくりとお過ごし下さい。」

 レオナール王は、そう言うと王妃の手を取り部屋から出て行った。