王城から出発して六日目。ブラウェルス領のエシタリシテソージャとの国境に近い街に一行は到着していた。
「ユリアーナ、疲れてはいないか?フェルバーンの領地も馬車で四日ほどの場所だから、こんなに続けて馬車で移動する事なんて今までになかっただろう?」
「大丈夫です。ボーがとても心地の良いクッションを作っておいてくれたおかげで。」
「そうか。なら良かった。」
馬車の動きが止まったところで、ボーはカーテンを少し開けて外を覗いた。
「奥様、ここが関所のようですよ。」
「これで、エパナスターシを出国するのね。」
「はい。関所を通れば、エシタリシテソージャになります。」
「エシタリシテソージャの王宮に着いたら、国王陛下と謁見してからウルバーノ王太子殿下と合流し、プリズマーティッシュへ向うことになる。エシタリシテソージャとプリズマーティッシュは交換留学などが盛んなため、お互いの王都まで馬車道が整備されているそうだ。」
「フロリアナ先生も留学経験があると仰っていました。エシタリシテソージャではプリズマーティッシュへの留学は一般的に行われているとか。」
「我が国は、魔力を持つ者が生まれず、魔術に関しての知識を持つ者も専門に調べている学者など、ごく限られている。だからか、プリズマーティッシュへの留学は行われていないんだ。希望者もいない。」
「我が国では、魔力を持つ人がいること、魔術を使える人がいることを理解していてもどこか他人のことになっていますからね。私自身も、やはりどこか絵本でのお話しと思ってしまっているところが大きいです。」
「討伐の現場では、魔剣による魔術の発動などを目にする機会もあるけれど、騎士でもない限り身近ではないからね。」
外で誰かが話し合っている声がする。
「何かあったのか?」
執事のブラームが、御者に話しかける。
「これから、国境越えのための検査がございます。カーテンを開けて中を改めさせて欲しいそうです。」
「分かった。」
ヴィレムの返事でブラームがカーテンを開けると、窓越しに騎士が一人顔を覗かせた。その見たことのない制服に、ユリアーナは一瞬驚く。その事にヴィレムが気が付いた。
「我が国の関所で、王族や公爵の紋章付き馬車の中を改める者はいないよ。もう我が国の関所の処理は済んで、今はエシタリシテソージャの関所の処理待ちなんだ。」
「そうだったのですね。エシタリシテソージャの騎士服は鮮やかな色合いですね。」
「あぁ。ユリアーナはエシタリシテソージャの騎士を見たのは初めてだったか。」
「はい。」
「我が国に派遣されている騎士とは色が違うが、派遣されている騎士もとても鮮やかな青色の騎士服を着ているよ。」
「そうなのですね。」
∴∵
ユリアーナたちがエシタリシテソージャの関所を出発出来たのは一時間ほど経ってからだった。馬車は、心地の良いスピードを乱すことなく進んでいく。
エシタリシテソージャ側の国境付近は、活気のある町だった。多くの人々の声や物音などが混じった喧騒は、馬車の中にいても感じられる。
「先生に教えて頂いたお話しによると、バハル領はとても広い領地の様ですね。東側には海岸があって、エシタリシテソージャの行楽地となっているそうです。」
「私が聞いたことによると、ここを治めているセヴェリーノ侯爵の初代はアルドマルジザットとの戦争の折、エシタリシテソージャの先鋒隊としていち早くアルドマルジザットへ攻め入り、エシタリシテソージャを勝利に導いたそうだ。その武功が称えられ、侯爵に陞爵し、元からあったハバル領に加え、アルドマルジザットも与えられたそうだ。だから、この国で一番の広大な領地となっているそうだ。」
「そうでしたか。…アルドマルジザット戦争とは、確か…六十年程前の戦争でしたかしら?亡国のアルドマルジザットは北方の国から人を惑わす薬物を密輸し、エシタリシテソージャやエパナスターシを侵略しようとしてエシタリシテソージャに滅ぼされたと、聞いたことがあります。」
「あぁ。我が国ではとても有名な戦争だが、女性でこの戦争のことを記憶しているのはとても珍しいね。さすが、フェルバーン家だ。我が国がエシタリシテソージャに助けられたことで、今日の同盟関係の礎が築かれた。」
「では、この領地は私たちにとって縁がある土地なのですね。」
「カーテンを開けて、外の景色を見てみるかい?外の人々に覗き込まれることもあるかもしれないが、それが気にならなければ。」
「えぇ。見たいです。開けてもよろしいですか?」
ボーとブラームがカーテンを開けた。ユリアーナが外を見ると、馬車道の両脇には商店らしき建物が並んで建っていて、何軒かには客が入っている。
ユリアーナは、小さな頃からあまり出かけることがなかった。それは幼少期に交わした義弟との約束の為であったが、家にいること自体も決して苦ではなかったからだ。けれども、街へ出てこうして人々の生活を見て感じると満ち足りたような不思議な気持になった。友人たちが何かにつけて街へ出かけようとする気持が少しだけ理解出来たような気がした。そんなことを思っていると、馬車道の傍らにいる通行人らしき人々は立ち止まって俯いている姿が目に入った。
「この国は、礼節が保たれているようだね。エシタリシテソージャは大国だと自らで言っているだけはある。馬車の中を見てしまわないように、通行人は顔を伏せているんだね。」
「馬車列はとても長いので、申訳ない気持になってしまいますね。」
四月二十三日にエシタリシテソージャに入国した一行は順調に進んで、五月十五日にエシタリシテソージャの王都ダハブの町に到着した。
「ユリアーナ、疲れてはいないか?フェルバーンの領地も馬車で四日ほどの場所だから、こんなに続けて馬車で移動する事なんて今までになかっただろう?」
「大丈夫です。ボーがとても心地の良いクッションを作っておいてくれたおかげで。」
「そうか。なら良かった。」
馬車の動きが止まったところで、ボーはカーテンを少し開けて外を覗いた。
「奥様、ここが関所のようですよ。」
「これで、エパナスターシを出国するのね。」
「はい。関所を通れば、エシタリシテソージャになります。」
「エシタリシテソージャの王宮に着いたら、国王陛下と謁見してからウルバーノ王太子殿下と合流し、プリズマーティッシュへ向うことになる。エシタリシテソージャとプリズマーティッシュは交換留学などが盛んなため、お互いの王都まで馬車道が整備されているそうだ。」
「フロリアナ先生も留学経験があると仰っていました。エシタリシテソージャではプリズマーティッシュへの留学は一般的に行われているとか。」
「我が国は、魔力を持つ者が生まれず、魔術に関しての知識を持つ者も専門に調べている学者など、ごく限られている。だからか、プリズマーティッシュへの留学は行われていないんだ。希望者もいない。」
「我が国では、魔力を持つ人がいること、魔術を使える人がいることを理解していてもどこか他人のことになっていますからね。私自身も、やはりどこか絵本でのお話しと思ってしまっているところが大きいです。」
「討伐の現場では、魔剣による魔術の発動などを目にする機会もあるけれど、騎士でもない限り身近ではないからね。」
外で誰かが話し合っている声がする。
「何かあったのか?」
執事のブラームが、御者に話しかける。
「これから、国境越えのための検査がございます。カーテンを開けて中を改めさせて欲しいそうです。」
「分かった。」
ヴィレムの返事でブラームがカーテンを開けると、窓越しに騎士が一人顔を覗かせた。その見たことのない制服に、ユリアーナは一瞬驚く。その事にヴィレムが気が付いた。
「我が国の関所で、王族や公爵の紋章付き馬車の中を改める者はいないよ。もう我が国の関所の処理は済んで、今はエシタリシテソージャの関所の処理待ちなんだ。」
「そうだったのですね。エシタリシテソージャの騎士服は鮮やかな色合いですね。」
「あぁ。ユリアーナはエシタリシテソージャの騎士を見たのは初めてだったか。」
「はい。」
「我が国に派遣されている騎士とは色が違うが、派遣されている騎士もとても鮮やかな青色の騎士服を着ているよ。」
「そうなのですね。」
∴∵
ユリアーナたちがエシタリシテソージャの関所を出発出来たのは一時間ほど経ってからだった。馬車は、心地の良いスピードを乱すことなく進んでいく。
エシタリシテソージャ側の国境付近は、活気のある町だった。多くの人々の声や物音などが混じった喧騒は、馬車の中にいても感じられる。
「先生に教えて頂いたお話しによると、バハル領はとても広い領地の様ですね。東側には海岸があって、エシタリシテソージャの行楽地となっているそうです。」
「私が聞いたことによると、ここを治めているセヴェリーノ侯爵の初代はアルドマルジザットとの戦争の折、エシタリシテソージャの先鋒隊としていち早くアルドマルジザットへ攻め入り、エシタリシテソージャを勝利に導いたそうだ。その武功が称えられ、侯爵に陞爵し、元からあったハバル領に加え、アルドマルジザットも与えられたそうだ。だから、この国で一番の広大な領地となっているそうだ。」
「そうでしたか。…アルドマルジザット戦争とは、確か…六十年程前の戦争でしたかしら?亡国のアルドマルジザットは北方の国から人を惑わす薬物を密輸し、エシタリシテソージャやエパナスターシを侵略しようとしてエシタリシテソージャに滅ぼされたと、聞いたことがあります。」
「あぁ。我が国ではとても有名な戦争だが、女性でこの戦争のことを記憶しているのはとても珍しいね。さすが、フェルバーン家だ。我が国がエシタリシテソージャに助けられたことで、今日の同盟関係の礎が築かれた。」
「では、この領地は私たちにとって縁がある土地なのですね。」
「カーテンを開けて、外の景色を見てみるかい?外の人々に覗き込まれることもあるかもしれないが、それが気にならなければ。」
「えぇ。見たいです。開けてもよろしいですか?」
ボーとブラームがカーテンを開けた。ユリアーナが外を見ると、馬車道の両脇には商店らしき建物が並んで建っていて、何軒かには客が入っている。
ユリアーナは、小さな頃からあまり出かけることがなかった。それは幼少期に交わした義弟との約束の為であったが、家にいること自体も決して苦ではなかったからだ。けれども、街へ出てこうして人々の生活を見て感じると満ち足りたような不思議な気持になった。友人たちが何かにつけて街へ出かけようとする気持が少しだけ理解出来たような気がした。そんなことを思っていると、馬車道の傍らにいる通行人らしき人々は立ち止まって俯いている姿が目に入った。
「この国は、礼節が保たれているようだね。エシタリシテソージャは大国だと自らで言っているだけはある。馬車の中を見てしまわないように、通行人は顔を伏せているんだね。」
「馬車列はとても長いので、申訳ない気持になってしまいますね。」
四月二十三日にエシタリシテソージャに入国した一行は順調に進んで、五月十五日にエシタリシテソージャの王都ダハブの町に到着した。


