薄氷の城

 オモロフォ城の庭は、ユリアーナが丁寧に造らせているおかげで、四季折々の花が咲き、いつ見ても退屈することなく庭を楽しめている。
 春の今は、タマリクス、ハナズオウ、ベニバスモモなどが花盛りになっている。白い花の咲かないこの国にベニバスモモの薄桃色の花は特に人気で、アルテナ家でも一番目立つところに植えられている。イルセは色とりどりの庭を深呼吸しながらゆっくりと歩く。その後ろには、乳母に抱かれたニコラスがいる。イルセが庭まで出られるようになったのはつい最近のことだった。しかし、出産するまで好意的だった使用人たちが目も合わせないようにしていることに違和感を抱いていた。

「私、バラの花が好きなのだけど、ここの庭にはバラが少ないわよね?庭師にもう少しバラを植えてもらえるようお願いしようかしら。」
「イルセ様のお部屋からなら綺麗に咲いたバラが初夏から秋までご覧頂けるではありませんか。」
「そうだけれど、散歩している時にももう少しバラが楽しみたいわ。バラのない庭って寂しくない?」

 植え込みには、ユリアーナの好きなガザニアの花が咲いている。その花を見ながらイルセはため息を吐いた。

「イルセ様。ヴィレム殿下の妹君のウィルヘルミナ様がお越しになると先触れが。」

 外遊に同行しているブラームの代わりのヘロルフが、少し慌てた様子でやって来た。

「あら、そうなの?ではアンドレーア様から頂いた美味しい紅茶を用意して頂戴。あと、お茶菓子は何が良いかしら?午後ならばお食事をお出しするところだけれど・・・」
「取りあえずは、お茶だけでよろしいのではないでしょうか。」

 そう言ったネスに対しイルセは首を傾げ、ニコラスに近寄った。ニコラスは、イルセの差し出した指をぎゅっと握る。
 
「そうかしら・・・義妹(いもうと)へのおもてなしは女主人としての大切なお役目だもの。ニコラスも機嫌が良い日で良かったわ。ニコラスの顔を見にいらっしゃるのだろうし。何と言っても、この子はこのアルテナ公爵家を継ぐ子なんだから。ユリアーナ様がお産みになった姪たちよりも、やはり甥を可愛く思われているのでしょう。普段はユリアーナ様の手前、ニコラスに会いには来られないから。姪にも優しいウィルヘルミナ様ならば、この子のことは大層お喜びになっているはずだわ。」

 イルセは、ニコラスを抱きながら、ネスに微笑みかける。

「イルセ様、取り急ぎお召し替えを。」
「あら、そうだったわ。急がなくちゃね。マリア、ニコラスも召し替えをよろしく頼むわ。」
「はい。畏まりました。」

 
∴∵
 

 ウィルヘルミナは、用意された王室の馬車に揺られてオモロフォ城へ向っている。道ばたには薄紅色の可愛らしい花が群生していて、ウィルヘルミナはその花を眺めていた。彼女の向かいに座っているのは王妃のルーセ。馬車は王室の物を使っているが、紋章はなく、供人はごく僅かで、お忍びでの御幸(ごこう)になっている。

「あの花・・・薄紅色で可愛いお花。何と言う花なのでしょうか?道ばたの草にもあのように綺麗に花を咲かせるものもあるのですね、お祖母様。」
「あの花は、繁殖力が強くて、他の植物の成長を阻害する成分を根から発生させるの。毒もあって、素手で駆除しようとすると酷いときは皮膚炎を起こしてしまう。可憐な花を咲かせてしまうだけに、そもそも駆除をしようとする人も少なくて、そばにある植物の成長を阻害しながら自らはどんどんと数を増やして、成長していくの。とても厄介な花でしょう?花が咲けば種が出来るまではあっという間。種は未熟でも発芽してしまうから。駆除する方法は花を咲かす前に根こそぎ引っこ抜くこと。けれども、処理が遅れて花が咲き、実がなってしまったら、実から種が落ちて再び根を下ろしてしまわないように、注意深く根こそぎ抜いて、そのまま放っておかずに焼き払ってしまうこと。徹底的にね。」
「あら、そんなに厄介なお花なのね。綺麗なのに。」
「道ばたに咲いている分には綺麗だって楽しめていても、誰だって自分が思うように整えた庭に予期せぬ花が咲いたら嫌でしょう?あなたは雑草を庭に入らせたりしてはだめよ。」
「はい。お祖母様。私の庭には、自分で管理できる物だけにしたいと思います。」

 馬車は、ぐんぐんと馬車道を進み、オモロフォ城の城門を通り抜けた。
 城のエントランスではイルセがウィルヘルミナの到着を待っていた。馬の足音がエントランスの前で止まった。赤茶色の立派な馬車の後ろには、辻馬車のような簡素な馬車が止まった。

「出迎えありがとう。あなたがイルセ?」

 ウィルヘルミナだけがやってくると思っていたイルセは、高齢の女性に話しかけられ、呆気にとられた。高齢女性の後ろに立っているウィルヘルミナに視線を送る。

「男爵家と言っても貴族なのだから、あなたもご存知でしょう?成人の舞踏会でお目にかかっているのではなくて?」

 そこで、イルセは思い出した。正式に謁見したことがあるのは、春一番の舞踏会の時のみ、あとはイルセが一方的に見かけたことがあるだけ、そしてその時はどれも正装をしていた。

「王妃陛下。大変失礼致しました。イルセ・アルテナでございます。本日は我が城へお越し頂き恐縮至極にございます。」
「あら。我が城・・・と。」
「裏庭になりますが、バラが咲き始め、見応えがございます。そちらにお席をご用意しましたのでご案内致します。」

 イルセが歩きだしそうなところを、ルーセは止めた。
 
「非公式での訪問でしたから、ウィルヘルミナの名で先触れをしたために、あなたに誤解をさせてしまったかもしれないけれど、今日は暢気にお茶を頂くためにここへ訪れたのではありません。応接間へ案内してちょうだい。」